阿蘇大噴火で巨岩飛来? 北九州・小倉の神社、伝説の真偽は…

西日本新聞 ふくおか都市圏版 古長 寛人

 「北九州市の神社に、太古の大噴火で阿蘇山から飛んできたと言われる岩が祭られています」。同市の女性から驚くべき情報が寄せられた。直線距離にして100キロほどは離れた地まで運ばれたことになる。興奮しつつ真偽を確かめに、現地へと足を運んだ。

 訪れたのは、小倉南区中貫本町にある荘八幡神社。神社によると、平安時代の883年、この地の荘園領主だった石川直木が社殿を造営し、自ら神主となった。

 うわさの岩は、境内に鎮座していた。見たところ高さ3メートル、直径6メートル。頂点の真ん中付近にスパッと割れ目が入り、鈴に似ていることから「鈴石(いわ)」と呼ばれている。直木の子孫で宮司の石川正雅(まさのり)さん(65)は「重さ90トンぐらいあるのではないか」と話す。

 鈴石には、不老長寿の功徳がある石長比賣(いわながひめ)という神様が宿ると信じられてきた。割れ目を境に半分が「陽石(男石)」、もう半分が「陰石(女石)」と呼ばれ、「古くから縁結びなどに御利益があるとされてきた」(石川宮司)。

 石川宮司によると、約30年前に神社周辺が宅地開発された際、弥生時代の遺構が見つかった。発掘調査をした調査員たちから父親の故正直さんが聞かされたのが、「この岩は7万年前の噴火で飛んできた花こう岩ですよ」という話だった。石川宮司は「阿蘇から吹っ飛んできて、衝撃で鈴のように割れたのではないか」と想像する。

 だが、無論、証拠はない。研究者の見解を聞こうと、同市立自然史・歴史博物館を訪ねた。森康学芸員(岩石・鉱物担当)は、まず「阿蘇火山は7万年前ではなく、9万年ほど前に大噴火している」と指摘。その上で、旧通商産業省の地質調査機関が手掛けた火砕流分布図を示し、「この時の火砕流は九州の四方に広がり、山口県にも流れた」と言明した。北九州市内の遺跡でも火砕流堆積物が発見されているという。

 では、この大噴火で鈴石は運ばれてきたのか。ストレートに尋ねると、森学芸員は「それはない」と断言。「花こう岩はその土地の地下でマグマが固まってできたもの。周囲が長い年月とともに削られ、風化に耐えて鈴石だけが残った。鈴のようになったのは、溶けて固まる過程で体積が収縮し、『節理』と呼ばれる割れ目が生じたからだろう」と説明する。

 小倉南区にはこうした巨大な花こう岩が点在し、放射年代測定から大噴火よりもはるか昔の9千万年前に「誕生」したという。森学芸員に聞いた同区朽網西の住宅地へ行くと、鈴石よりさらに大きい4、5個の岩が連なる「帝踏石(たいとうせき)」があり、よじ登って遊ぶ子どもたちが遠くに見えた。

 大噴火との「因果関係」をきっぱり否定され、意気消沈したが、鈴石が長年、信仰の対象としてあがめられてきた歴史は変わらない。石川宮司は四十数年前、父親から神社に代々伝わる「秘話」を聞いた。「ここには、夫の浮気に悩む妻が『夫婦仲が戻る』と信じて参りに来る」

 浮気や不倫の話題が尽きないのは、芸能界だけではない。神社には男石や女石をなでて祈る姿がある。(古長寛人)

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