平野啓一郎 「本心」 連載第152回 第七章 転機

西日本新聞 文化面

 しばらく考えていて、僕は戦慄(せんりつ)した。それは恐らく、僕自身が焼かれ、二酸化炭素になった日なのだった。僕は、自分が石川朔也(さくや)という固有名詞と共に存在していたことにまるで気づかず、そして、それは既に終わり、また元の宇宙の一部の些細(ささい)な出来事となり、つまりは宇宙そのものに戻ったのだった。……

 地球の時間は、現在を追い越し、未来に向けて目まぐるしく続いたが、それはあまり長くはなく、僕は未来人の感傷を先取りした。

 僕は、燃え盛るアマゾンの森林や、水没する太平洋の小島の直中(ただなか)にいた。人と区別のつかないロボットと立ち話をしていた。……閑散とした、荒廃した東京で、誰かに呼び止められた。……ドローンの爆撃。……公園の噴水の周囲を駆け回る子供たち。……家族の食卓。……観葉植物の葉が落ちる時。……

 何もかもが、一三七億年目に宇宙でただ一度だけ生じた、僕という人間がもう存在を終えてしまったあとの光景だった。

 僕はやがて、何の変哲もない、小雨が降る公園の遊歩道の縁になった。

 二酸化炭素として、大気中に放出された僕の何かが、長い時間を経(へ)て、恐らくその辺に落ちているのだろう。

 人類が絶滅し、植物に呑(の)み込まれて崩壊してゆくビルを遠くに眺めた。その雷鳴めいた音と振動を感じた気がした。

 青い、美しい羽の鳥が一羽、飛んでいた。

 もういなくなってしまった人間たちに、懐かしさを感じた。そう言えば、そんなような生き物が、しばらく、この星で、我が物顔でのさばっていたのだった。

 砂漠のような無人の光景が広がり、音がなくなった。瞬(まばた)きした隙に、僕はその全体を見失ってしまい、気がつけばまた、宇宙空間にいた。

 宇宙時計を見ると、二四〇億年を過ぎたところだった。地球は既に死に絶え、太陽も燃え滓(かす)のような白色矮星(はくしょくわいせい)に変わってしまっていた。

 僕はきっと、何億年も、気を失っていたのだった。

 僕は、何万光年、何億光年という距離を乗り越えて、僕に届き続けている彼方(かなた)の無数の星々の光が貫通してゆくのを感じながら、一度は、この僕という人間を構成していた元素は、どうなるのだろうかと考えた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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