「逃げ場」は自分の点滴中だけ 在宅での医ケア、過酷な現実

西日本新聞 夕刊佐賀版 梅本 邦明

医ケア児と生きる(1)

 平日午後3時前、佐賀市の金立特別支援学校小学部6年、山本歩夢(あゆむ)君(12)が、母可奈子さん(40)のワゴン車で同市久保泉町の自宅に帰った。

 学校や車内では体を横たえるタイヤ付きの専用シートを使用。自宅では訪問看護師とヘルパーに抱えられてベッドに移動した。「青と水色、どっちのパジャマがいい?」。訪問看護師から問われた歩夢君は、無言のまま視線を左に動かし、青のパジャマを選んだ。

 可奈子さんは、歩夢君の腹部から胃につながるチューブからお茶や栄養剤を注入。食事の後は、気管切開した喉の管にチューブを差し込み、何度もたんを吸引した。「あとちょっと頑張って」。吸引が終わると、歩夢君は気持ち良さそうに眠りについた。

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 歩夢君は生後1カ月で、筋力が徐々に弱る「脊髄性筋萎縮症」と診断された。しゃべることができず、両足の指をわずかに動かせるだけで、人工呼吸器を装着し、家族による24時間の医療的ケア(医ケア)が必要だ。「待望の第1子だったが、病気があまりにも衝撃的で不安だった」と可奈子さん。

 1歳11カ月で退院。会社員の夫(46)のサポートもあるが、可奈子さんが医ケアを担って昼夜付き添った。幼児期は1時間おきにたんを吸引。ほとんど不眠不休の生活が続いて体調を崩した。月1回、自宅隣に住む夫の両親に歩夢君を見てもらい、その間に医療機関でビタミン剤の点滴を打ちながら2時間ほど仮眠を取るようになった。「医ケアから少しだけ離れられる。私にとっての逃げ場所だった」

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 可奈子さんは栄養士として週1回、仕事をしている。もっと働きたくても、平日は歩夢君の学校に付き添わなければならない。

 歩夢君に付きっきりになり、下のきょうだい2人と接する時間も限られてしまう。授乳を中断したことで泣かれたこともあった。「平等に愛情を注ぎたいけど、どうにもならない」

 在宅での医ケアが始まり10年以上がたった。同じ境遇の保護者同士で悩みを共有するため、可奈子さんは昨年9月、無料通信アプリLINE(ライン)のグループを立ち上げた。佐賀県内の55人が登録し、「おむつのサイズはどのタイミングで大きくすればいいのか」、「医ケアの物品はどんな種類を使っているか」などと質問が入る。

 「私も先輩ママに助けられてきた。グループで困り事を一緒に考え、社会全体で支えてもらえるように声を上げていきたい」

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 家族から医療的ケアを受けながら、自宅で暮らす子どもは佐賀県内でも少なくない。子どもたち、支える人たちの現状を取材し、課題を考えた。(梅本邦明)

医療的ケア児鼻から胃に通じる管を通して栄養を流し入れる経管栄養や導尿による尿の処理、たんの吸引、人工呼吸器の装着などの医療行為を日常的に必要とする子どもをいう。医療技術や在宅医療機器が進歩して助かる命が増加。多くの子どもが退院し、自宅で家族と一緒に暮らせるようになった。佐賀県内には推計約120人の医ケア児がいるとされる。

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