<三七七八米の富士の山と、立派に相対峙(あいたいじ)し…

西日本新聞 オピニオン面

 <三七七八米の富士の山と、立派に相対峙(あいたいじ)し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐた>。太宰治が「富嶽(ふがく)百景」に描いた月見草だ

▼「王や長嶋がヒマワリなら、俺はひっそりと咲く月見草」と言ったのは野村克也さん。通算600号本塁打を達成した時の言葉だ。おととい、帰らぬ人となった

▼プロ野球史に大きな足跡を残した名選手にして名監督。出場試合数、安打、本塁打、打点はいずれも歴代2位。全盛期の王貞治、長嶋茂雄両氏の壁は厚く、実力、人気ともに1番になれなかった。その悔しさから、自らを月見草に例えたのだろう

▼振り出しから恵まれた野球人生ではなかった。女手一つで育ててくれた母親に楽をさせるために金を稼ぎたい。それには歌手になるか、そうでなければ野球選手に、と野村少年は思い定めた

▼1954年、選手募集の広告を見て南海にテスト生で入団。3年目から強打の捕手として1軍で活躍し、65年には戦後初の三冠王に輝いた。その年は、巨人が9年連続の日本一(V9)を果たす黄金期の始まりでもあった

▼人気でセ・リーグに水をあけられたパ・リーグで気を吐いた野村さん。そびえるONの山と、立派に相対峙し、みぢんもゆるがず、すつくと立った月見草であった。<富士には、月見草がよく似合ふ>と太宰。グラウンドにも月見草はよく似合った。

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