聞き書き「一歩も退かんど」(83)長い旅ようやく終幕 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 「踏み字を1回させたのは事実だが、それが特別公務員暴行陵虐罪に当たる行為とは考えていない」-。一審で敗訴しても、H元警部補の主張は変わらず、2008年7月15日、踏み字裁判控訴審の初公判が福岡高裁で開かれました。

 ところがH元警部補は姿を見せず、弁護士が一審の主張とほぼ同じ内容の控訴趣意書を提出しただけ。新証拠の提出や証人尋問もありません。ほんの数分で即日結審となりました。

 これでは一体何のために控訴したのか。いたずらに罪の確定を先延ばししただけで、公費で賄われる刑事裁判の費用の無駄遣いでは。志布志から300キロ以上の道のりを車で駆けつけて傍聴した私は「反省のかけらもない」と憤りを記者に語りました。

 控訴審判決は9月9日でした。この日も被告人のH元警部補の姿は法廷にありません。私は一言一句を聞き漏らすまいと、いつものように傍聴席の最前列に陣取り、陶山博生裁判長の声に耳を澄ましました。

 「主文、本件控訴を棄却する」

 これで完全に胸のつかえがとれました。高裁は懲役10月、執行猶予3年の一審判決を支持したのです。判決理由は「(踏み字は)川畑さんの人格を否定する行為で、1回でも精神的苦痛を与えたと認められる。取り調べ方法として常軌を逸し、違法性が強く、警察の取り調べに対する国民の信頼を大きく損ねた」。一審と全く同じですね。

 「公平に裁いてくださりありがとうございました」。記者会見の第一声で裁判長への感謝を述べると、涙があふれてなかなか言葉が続きません。思えば踏み字の発生から5年5カ月。「この長い期間を通して、取調室の全面可視化が必要だとつくづく感じました」と感想を語りました。

 少し前、都城に住む小6の孫が授業で江戸時代のキリシタンへの踏み絵を教えられ、先生が「今の時代になっても、鹿児島で同じようなことがありました」と嘆いたそうです。まさか先生も被害者の孫が教室にいるとは思わなかったのでしょうが…。「踏み字事件が広く社会に認知されたことは確かでしょう。この判決をきっかけに可視化運動を全国に広げていきたい」。そう決意を述べました。

 13日後にH元警部補の弁護人が上告断念を発表。9月25日午前0時をもって、H元警部補の刑が確定しました。真実を証明する長い、長い旅が終わりました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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