聞き書き「一歩も退かんど」(84)「かしか」と東大ゼミ 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 踏み字事件を巡る一連の裁判で、取調室の「可視化(録音・録画)」を求める運動が広がり始めました。「おいも何か新しいこつをせんと」。妻の順子と、ある料理を考案しました。

 題して「かしかそば」と「かしかうどん」。具材のかしわとかまぼこで「可視化」を表現し、粘り強く運動を続ける決意を込めて餅を入れました。麺はもちろん手打ち。かつおだしの自信作です。2008年夏から経営するホテルでランチタイムに販売したら、これが当たりました。1日20食以上出て、食べた人から「可視化、頑張ってね」と声が掛かるほどに。

 当たり年になったその年の秋、びっくりする依頼が。「大学のゼミで踏み字の授業をしてほしい」とのこと。何と日本中の秀才が集まる東京大でした。

 10月17日。朝一番の飛行機で東京へ。慣れないモノレールや電車を乗り継ぎ東大教養学部の正門に着くと、学生が待っていました。

 私の言葉に29人の若者が耳を澄まします。今はさえない服を着たこの若者たちの多くが、いずれは裁判官や弁護士になり司法の中枢を担うのだと思うと緊張します。まずは講師の先生を私に見立て、H元警部補にされた踏み字を再現してみせました。足首をがっちり持って「バン、バン、バン」と床を打ち鳴らすと、学生が息をのみます。

 「密室はどんな感じ」「何時から何時まで調べられましたか」-。学生の質問は積極的です。私はありのままの体験を伝えました。

 女子学生が悲鳴を上げたのが、志布志事件の被告たちから聞いた起訴後の身体検査です。「体の穴という穴にガラス棒を入れられ、何か持ち込んでないか調べられるそうです」と告げると、「ひどい」と絶句。「人権侵害は悪です。法律の世界に進む人は冤罪(えんざい)を起こさないため、容疑者や被告の声に真摯(しんし)に耳を傾けて」とお願いしました。

 10日ほど後、学生たちから感想文が送られてきました。「権力を持つ機関が使い方を誤るとこんな悲しい事件が起こる。だから可視化は必要と痛感した」「ひどい扱いを受けたのに『今も警察が好き』と言った川畑さんに感動した」。いやはや、うれしい限りです。

 ちなみにかしかそばは、調理に張り切りすぎて左手首の筋を痛め今は作っていませんが、あの学生たちも30代半ば。社会のしかるべき立場で皆が立派にやってくれていることでしょう。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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