水俣病闘士、故川本さんの音声発見 71年、鬼気迫る勢いでチッソ追及

西日本新聞 熊本版 村田 直隆

 水俣病の患者救済運動をけん引し、「闘士」と呼ばれた故川本輝夫さん(1931~99)が、原因企業チッソとの本格的な自主交渉前の71年1月、本社で経営陣に加害責任を追及する肉声テープが見つかった。同年12月に当時の島田賢一社長(故人)に詰め寄る場面は有名だが、それ以前から鬼気迫る勢いで交渉に臨んでいた様子がうかがえる貴重な資料といえそうだ。

 「加害者だと認めるのか」。半世紀前の古いテープに、早口でたたみかけるような川本さんの声が記録されていた。相手は、1次訴訟が係争中であることを理由に口を閉ざす場面が多いチッソ側。川本さんは、政府が水俣病を公害認定したことを前提に、厳しい口調で迫る。「水俣病(を発生させたこと)は認めるけど、人を殺したことは認めんのかいな」

 テープは、川本さんが残した大学ノートや手帳をデータベース化するなど資料整理を進める長男愛一郎さん(61)が、川本さんの21回目の命日(18日)を前に、自宅で発見した。5年ほど前に患者支援組織「東京・水俣病を告発する会」から譲り受け、聞かずに収納していたという。

 川本さんは、68年の水俣病公害認定を受け患者認定を申請したが棄却。71年8月に行政不服審査請求により棄却処分が取り消され、10月に患者と認定された。その後、チッソに償いを求めて自主交渉を始め、73年7月に同社と患者との補償協定を実現させた。

 約2時間の音声記録には、第1次訴訟原告患者の田上義春さん(故人)や浜元二徳さんらも参加し、チッソの取締役ら3人と話し合う様子が収録されていた。川本さんが患者認定される前の交渉で、チッソの加害者としての認識をただすことに重点が置かれている。

 「お母さんの苦しみが分かるか」。胎児性水俣病患者の母親について、怒りを込めた疑問を投げ掛ける川本さん。「分かります」と答えながらも補償について言葉を濁すチッソ側を、川本さんが問い詰める。「分かるならどんなことをしたらいいんですか。(母親への補償を)絶対に聞いて帰らなん」。

 愛一郎さんは「父と原告2人が連携してチッソを追及しており、被害者たちの固い団結を感じる。生前によく話していた胎児性患者の母親救済の思いも改めて感じた」と話す。今後、音声を文字に起こして保存するという。(村田直隆)

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