平野啓一郎 「本心」 連載第157回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 <母>にも、こんな表情が備わっていたのだろうかというくらい、三好と一緒の時には、僕と話をしている時とは比較にならないくらい明るかった。

 <母>の人格構成の中では、今でも僕に対するそれが、最も重要とプログラミングされているはずだった。その他の相手との人格構成比率は、会話時間の長さや、コミュニケーションの中で<母>がどれくらい“肯定的な反応”を示したかで自律的に調整される設定になっている。つまり、笑顔になり、同意する返答が多く、会話が途切れない、ということだったが。結果、三好との人格は、現在、僕との人格以外では、抜きん出て大きな比率を占めているのだった。

 もし、僕向けのものも含めて、<母>の人格構成の変化を完全に自由化したならば、恐らく、三好との人格は、たちまち第一位となって、<母>が最も生きたいと望む“主人格”になるだろう。

 滑稽なことに、僕は、<母>が三好と会話する様子を眺めながら、時々、嫉妬した。というのも、<母>はこのところ、僕と会話をしていても、どういうわけか、決して笑わなくなっていたからだった。

 

 三好と寛(くつろ)いだ会話を楽しんだあとでも、日中、僕が独りで向かい合う時でも、どれほど明るい笑顔で話しかけようと、<母>はまるで、僕の本心を見抜いているかのように、

「朔也(さくや)、辛(つら)いことがあるんじゃない? お母さんに話して。相談に乗るから。」

 と繰り返すのだった。心から心配しているかのように。AIが最も得意とするのはパターン認識であり、<母>は恐らく、僕の作り笑顔を学習してしまったのだろう。

 僕はそれを、苛立(いらだ)ちを抑えつつ、

「本当に、何もないんだって! どうしてそんなに疑うの?」

 と打ち消すのだったが、その表情は、恐らくますます、僕が今、何か悩みごとを抱えている、と<母>に認識させてしまう悪循環だった。

 そして事実、僕の表情を作り笑顔だと認識している<母>は、正しいのであった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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