平野啓一郎 「本心」 連載第158回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 <母>は、対話者との“沈黙”を回避するようにプログラムされているらしく、少し黙っていると、必ず向こうから口を開いた。そして、岸谷の話題であれば、僕が興味を持つと判断したようで、ありとあらゆるニュースを収集していて、逐一教えてくれた。フィルタリングしてあるので、あまり酷(ひど)いデマは混ざっていないはずだったが、それでも、ネットの一部で彼を“英雄視”し、暗殺が不成功に終わったことを嘆く声まであることを僕は知った。

 彼らはつまり、事後的に、岸谷を自分たちのアバター化しているのだった。

 <母>はまったく常識的な困惑の面持ちで、最後には必ず、

「どんな事情でも、テロで世の中を変えようとするなんて、間違ってるわよ。」

 と僕が教えた通りの言葉を言い添えた。

 僕は、今も拘置所にいる岸谷のことを考えた。彼は、自分の行為の反響を、弁護士を通じて知っているだろうか? 確かに、英雄視する人たちもいる。けれども、結局は一握りに過ぎなかった。

 一般には、「不遇な人たちはいる。まァ、そういう人たちは、時々、こんなことでもしでかさないと、実際、やってられないのだろう。しかし、本当に殺さなかっただけ、同情の余地もある犯行ではない?」という程度の反応だった。

 政府は、治安対策として、監視態勢を一層厳しくすると発表しただけだった。そして、それに同調し、英雄視とは比較にならないほど多くの嘲弄(ちょうろう)と罵声が、岸谷に浴びせられていた。奇妙にも、富裕層だけでなく、岸谷と同じ境遇の貧しい者たちでさえ、しばしば彼を激しく憎んでいた。

 犯行直後の“真犯人”探しの熱も冷め、岸谷の事件は、世間では、この社会に折々起きるバグかエラーのように無関心らしく処理されつつある。警察もその後、僕には何も言ってこなくなっていた。

 

 僕はそもそも、安楽死を思いつめるようになる以前の母と、屈託のない会話をしたいと思い、VF(ヴァーチャル・フィギュア)を制作し、その頃の年齢に設定したのだった。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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