幕末の志士高杉晋作は梅の花を最も好んだという…

西日本新聞 オピニオン面

 幕末の志士高杉晋作は梅の花を最も好んだという。理由は、百花に先駆けて咲くから。谷梅之助との偽名も使った

▼晋作は本宅に家族を残し国事に奔走した。居宅には別の女性。そこに妻子が押しかけてくる。さながら紅梅白梅の競い合い。心境を漢詩に記した。「これより両花開落を争う」「主人手を拱(こまね)き如何(いかん)ともするなし」。英傑も万事休すである

▼梅の便りが届く時期になった。記録的な暖冬で今年は桜の気配さえ感じながらの開花である。ずっと昔は花の主役は梅だった。「令和」の元号由来で注目された大伴旅人の「梅花の宴」しかり。万葉集では梅の歌の数は桜の倍以上という

▼古川柳に「梅屋敷まだ生酔の顔を見ず」とある。桜と違い梅の花見で酔っぱらいはいないね、と。高貴な花見ゆえ、というより深酒には寒すぎるためか。かの「桜を見る会」も寒風下の「梅見」だったら後援会の参加者も減り、不都合な事実は花開かずに済んだかも

▼高村光太郎に「梅酒」の詩がある。智恵子夫人が漬けていた酒を死後に見つけた。「ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、/これをあがつてくださいと、/おのれの死後に遺(のこ)していつた人を思ふ。」

▼先述の旅人は共に赴任した妻を大宰府の地で亡くした。都の自邸に戻ると故人の思い出が。「吾妹子(わぎもこ)が植えし梅の木見るごとに心むせつつ涙し流るる」。菅公の飛梅だけでなく、切ない話が似合う花でもある。

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