【「人生の質」を高めよう】 関根千佳さん

西日本新聞 オピニオン面

◆シニアこそ地域貢献を

 母は昨年11月、福岡市内で人生初の人形の個展を開いた。米寿記念と銘打ったこともあり、九州各地からたくさんの友人が来てくださった。で、その後、母は劇的に元気になった。個展前日には腹水を抜く手術をして、ようやく会場へ行けたというのに!

 主治医は「不思議ですね。(高かった)検査数値が半減しています。積極的な治療はしていないのに」とうれしそうだった。一番喜んだのは母だろう。今では起き上がって食堂まで車いすで行ける。足のむくみも腹水も消えた。彼女は人生を取り戻したのだ。

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 QOL(Quality of Life)のことを、「生活の質」と訳す人は多い。だが私は、人生100年時代のいま「人生の質」と訳すことを提唱したい。母は、今回の個展で自分の人生を振り返った。確かに大変な時代もあった。戦争で女学校は燃えてしまい、戦後しばらくは食べるものにも苦労した。子育てに悩んだ日も、人形に打ち込んだときもあった。いろいろな時代を過ぎて、今は穏やかに暮らしている。

 喜びも悲しみも含めて、良い人生だったではないか。そう思えるのだろう。母はこの頃、周囲に感謝の言葉を口にすることが増えた。昔のことで父に文句を言うこともなくなった。高齢学でいう「老年的超越」の境地に近づいたのかもしれない。高齢者は、次第に幸福感に満ちるという。自分の人生は、家族や社会に貢献してきた長い旅だったと悟るのだろうか。

 母の介護施設は、外部ボランティアが音楽会などのイベントを企画してくれる。地域に開かれた場所であることは、とても良いことだ。私は、ここで暮らすシニアも、もう少し他者のために動いていいのではないかと思う。隣の人の車いすを押したり、食事介助を手伝ったりしていいと考えるが、施設側は責任を気にするのだろう。

 人手の足りない介護施設なのだから、内部や地域のシニアは貴重な助けになるはずだ。そして、地域で誰かの役に立っているという意識が、「人生の質」を上げるのではないだろうか。

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 海外のシニアセンターや高齢者施設では、多数の高齢ボランティアによって運営されているところが多い。出会ったヨガやe-スポーツのインストラクターは「90歳」と誇らしげに語っていた。食堂で調理を担当していたのは認知症の方だった。有給職員はソーシャルワーカーなど少数だが、必ずボランティアコーディネーターがいる。誰がどんなニーズを持ち、それを誰なら支援できるか、理解した上で、マッチングする役割だ。

 かつて日系の老人ホームでボランティアをしたことがある。簡単な食事の介助や、バザーで売る人形制作の他に「お話を聴くボランティア」をやってみた。高齢者の部屋を訪ね、その人にいろいろ語っていただくのだが、これが結構面白かった。

 スタッフは同じ話をゆっくり聞く余裕はないが、ボランティアだったら、毎日違う人の話が聞ける。ハワイでパイナップル畑を開墾していたというおじいさんの話は、硬軟とりまぜて楽しかった。彼は最後にこう言った。「大変だったけど、決して悪い人生じゃなかったよ。今だからこそ、そう思えるね」

 彼は、自分の人生を納得し、そして私にも多くのことを教える貢献をしてくれた。このようにQOLを高めるためにも、地域のシニアが、人手の足りないと言われる学校、保育園、介護施設などで、ボランティアとして貢献できる制度の確立が、求められていると思う。人生の幸福度は、どれだけ社会に貢献したかで決まるのだから。

 【略歴】1957年、長崎県佐世保市生まれ。九州大法学部卒。81年、日本IBMに入社。ユニバーサルデザインの重要性を感じ、98年に(株)ユーディット設立。同社社長、同志社大教授など歴任。著書に「ユニバーサルデザインのちから」など。

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