ビエンチャン(ラオス) 首都らしからぬ穏やかさ

西日本新聞 夕刊 中原 岳

 タイを旅行中、ガイドブックの地図を見ていて、ある地名に目が留まった。隣国ラオスの首都ビエンチャン。タイ国境に近く、陸路で行けるという。ただ、どんな名物があるのか全く分からない。風景を想像するうちに、冒険心が湧いてきた。バンコクから日帰り旅行をしようと、飛行機とミニバスを乗り継ぎ、タイ側の国境の街、ノンカイへ向かった。

 ノンカイのある場所にミニバスが着くと、外で中年女性が手招きしていた。私に「降りろ」と言っているらしい。ターミナルに着いたと思って車外に出ると、そこは出国審査場だった。

 事情がよく分からないまま「ビエンチャンに行きたい」と伝えると、近くに止めてあった白い車に乗るように指示された。どうやらタクシーの運転手に捕まったらしい。「ビエンチャンまで千バーツ(約3600円)ね」と女性。「ビエンチャン行きバスの運賃(約200円)に比べて高すぎる」と思ったが、日帰りで名所を巡る効率性を考え、渋々利用することにした。

 出国審査を済ませ、タクシーに乗り込んだ。国境のメコン川に架かる「タイ・ラオス友好橋」を渡る。全長は1174メートル。タクシーは1分ほどで対岸へ。ラオス側の入国審査も問題なく通過。陸路で越境する体験はあっけなく終わった。

    ◇   ◇

 ラオス入国後、タクシーを乗り換えて13キロほど離れたビエンチャンへ向かった。運転手は中年男性に交代した。「ストゥーパ(仏塔)を見るかい?」という男性の提案に乗り、仏塔を目指した。

 国境から約30分。黄金に輝く高さ45メートルの仏塔が姿を現した。その名は「タートルアン」。19世紀にシャム(現在のタイ)の侵略で破壊されたが、その後再建され、現在の姿になったという。敷地内では多くの参拝客が仏像に向かって静かに祈りをささげていた。タートルアンがラオスの人々の厚い信仰を集めていると実感した。

 続いて向かったのは、パリの凱旋(がいせん)門を模したという「パトゥーサイ」。内戦で犠牲になった人々の慰霊を目的に1960年代に建てられたという。入場料を払い、街を一望する門の上へ階段で上がった。高層ビルはほとんどなく、経済発展が著しいとされる首都にしては通りを走る車も少ない。穏やかでのんびりした街の表情が見て取れた。

    ◇   ◇ 

 帰りの時間が近づいてきた。三輪タクシーで国境へ向かう。せっかくなのでラオス唯一の鉄道で出国することにした。鉄道はビエンチャン郊外のタナレン駅とタイ側のノンカイ駅を結ぶ1区間約5キロ。駅で出国審査を受け、機関車に客車2両の列車に乗り込んだ。

 乗客の多くが外国人。タナレン駅は市街地から遠く、発着は1日2往復しかない。それでもホームや沿線では列車に向かって手を振る子どもや、興味深そうに眺める大人たちの姿があった。ラオスの人々にとって、列車はまだ珍しい乗り物なのだろうか。

 列車がメコン川を渡る。夕日が水面を赤く染めた。ラオスでは中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」の下、ビエンチャンと中国、タイを結ぶ鉄道の建設計画が進む。完成すれば、ビエンチャンの街はさらに変わるだろう。それでも首都らしからぬ穏やかさは失わないでほしい。旅人のわがままだと思いながら、そんなことを願った。(中原岳)

メモ

 ビエンチャンの人口は約80万人で、福岡市の半分程度。福岡空港から空路で行く場合、本数が比較的多いバンコクを経由すると便利だ。日本国内と結ぶ初の定期直行便が、今年3月に熊本空港発着で就航予定だったが、延期になった。陸路ではタイのほか、国境を接するベトナムや中国、カンボジアからバスなどで入国できる。

日本の中古バスが現役続行

 ビエンチャンを訪れたら、「ビエンチャン・キャピタル・バスステーション」で市民の足として活躍するバスを観察してみてほしい。多くのバスが日本製であることに気づくはずだ。

 実はビエンチャンには日本の支援を受けて導入されたバスが数多く走っている。中でも目を引くのが京都市交通局から譲渡された中古バス。同市で走っていた当時の姿で現役を続けている。交通局のマークや「バスの発進にご協力願います」「京都マラソン当日はノーマイカーデー」といった日本語表記も残る。ただ、ラオスは右側通行のため、乗降口を進行方向に向かって右側に増設している。

 バスの前面には日本国旗とラオス国旗が貼られ、握手する絵が添えられている。日本とラオスの友好関係の象徴として末永く活躍を続けてほしいものだ。

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