分かったつもりが一番危うい【坊さんのナムい話・6】

西日本新聞 くらし面

 近頃「お寺の掲示板」が注目されているのをご存じですか。よく門のそばなどに張り出されている、なんだかちょっとありがたい感じの言葉のことです。

 これをまとめた本が出版されたり、SNSで話題になったものを表彰する「お寺の掲示板大賞」なる企画が始まったりと、盛り上がりを見せています。私が住職を務めるお寺にも掲示板があり、おかげさまで昨年は大賞を頂きました。

 そんな縁もあり、あるテレビ局から掲示板についての取材を受けました。「街頭の通行人に、三つの寺の住職が考えた掲示板の言葉の中から、良いと思うものに投票してもらう」という企画。そこで私が用意したのが、写真の一言です。結果は、なんとぶっちぎりの最下位。分かりにくいだろうな、とは思っていましたが、それにしても無残な結果でした。

 この掲示板は、私の妻の言葉です。ある日、私の目の前で、娘が妻に「お父さんと結婚してよかった?」と聞いて、返ってきた言葉がこれです。「おいおい、そこは子どものいる手前、よかったと答えるところでしょ」とつっこみそうになりましたが、一方で宗教的な深みも感じました。

 私たちは日頃、「分からない」ということを後ろ向きに捉えがちです。そして何でも分かろうと努力します。それ自体は決して悪いことではないのですが、時に分かったつもりになるときがあります。世の中、分からないことの方が圧倒的に多いのに、分かったつもりになって生きることの危うさを感じます。

 物事を理解しきれない自分を受け止める。「神様や仏様にしか分からないこともあるのだ」と感じることから、深い畏敬の念や謙虚な姿勢が生まれるのではないでしょうか。

 夫婦がお互いを「あんたとの出会いは人生最大の失敗だ」なんて結論付けるのは簡単です。私の妻が、私との縁を人生の終わりまでジャッジしないでいてくれることに感謝しています。

 さて、彼女の答えはどうなるのでしょうか。そしてそれを私は聞けるのでしょうか。そんなことは仏様にしか分かりません。

 (永明寺住職・松崎智海 北九州市)

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