日田彦山線不通区間を歩いて峠越え 先人の労苦を実感

西日本新聞 筑豊版 大塚 壮

 2017年の九州豪雨で被災し、不通が続くJR日田彦山線の添田(福岡県添田町)-夜明(大分県日田市)。復旧方法をめぐり、JR九州と沿線自治体の首長でつくる復旧会議は、バス高速輸送システム(BRT)の導入を軸に検討を始めたが、東峰村を中心に沿線には鉄道での復旧を強く願う住民がいる。15日にあった不通区間を歩いて鉄路復活を訴えるイベントに同行した。

 日田からの南チームと小倉(北九州市)からの北チームが、それぞれ東峰村の筑前岩屋駅に向かって歩いた。記者が参加した北チームは小倉から添田までは列車で、添田から彦山まではJRの代行バスに乗った。

 「日田彦山線つなげ隊」(桃坂豊代表)、JR九州の運転士や車掌、駅員らでつくる労働組合「JR九州ユニオン直方支部」、福岡都市圏からの参加者も含め約20人が雨の中、午前10時に彦山駅を出発。夜明までの代行バスが通る国道500号ではなく、県道八女香春線を歩いた。地元では旧道と呼ばれる。「普通車離合困難」の掲示。1・5キロほどで道幅がぐっと狭まり、急な登り坂になる。

 ひたすら登る。日頃、運動不足の身にはつらい。豪雨で崩れた山肌の修復や、治山ダムの工事が進んでいた。谷には倒木がそのままになっている所もある。

 スマートフォンで計測したら約10キロ。ようやく斫石(きりいし)峠を越えた。東峰村に入り、下り。棚田の間を歩き、筑前岩屋駅に着いたのは午後1時半。へとへとになった。

 彦山-筑前岩屋間は釈迦岳トンネルを通る鉄道だと7・9キロ、わずか十数分だが、歩くと約15キロ、3時間半かかった。

 両区間がつながったのは完成当時は九州一といわれた釈迦岳トンネル(4378メートル)が開通した後の1956年。英彦山地区の人たちが日田方面に、また東峰村の人たちが田川や福岡、日田に行くのは大変だった。鉄道のおかげで添田から日田の高校や自動車学校に通ったという話も聞いた。

 60年以上、多くの人と物を運んできた鉄路。造り、維持してきた先人の労苦をかみしめる。春日市から参加した女性(66)は「鉄道を残したいという沿線の人たちの思いを後押ししたい」と話した。(大塚壮)

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