平野啓一郎 「本心」 連載第160回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 結果的に、それは、僕の無実の証明に役立ったが、プライヴァシー保全の観点からは、明らかに問題だった。契約書には、免責条項があった気もするが、いずれにせよ、野崎は、そのことには一切言及しなかった。

 彼女はただ、相談する僕の顔を注意深く観察しながら、<母>の実体であるAIが、一体、何を学習してしまったのか、見当をつけようとしている様子だった。そして、途中で何か気がついた様子で、さりげなくメモを取っていた。

 それから、彼女は意外な提案をした。

「これは、飽(あ)くまでご相談ですが、――お母様に、お仕事をしていただく、というのはどうでしょうか?」

「仕事?……ああ、そちらで最初に会ったVF(ヴァーチャル・フィギュア)の、……えっと、四年前に亡くなったっていう……中西さん、でしたっけ?」

「中尾さんですね。」

「あ、そっか。あの中尾さんみたいな感じですか?」

「そうですね。実は、介護施設向けに、VFのレンタル事業を始めたところなんです。なかなか今は、施設に入るのも難しいですけど、どうにか入れても、そこに話の合う人がいるかというと、また別問題で。やっぱり、部屋の中で何も喋(しゃべ)らない時間が増えると、急速に老化が進んでしまうみたいです。」

「……ええ。」

「でも、職員も人手不足ですし、介護ロボットも増えてますし、ご家族があまり訪ねて来られない方は、話し相手がいなくて非常に孤独なんです。――それで、試験的に、弊社のVFのレンタルを施設向けに開始したんですが、予想外に好評で、本当に、一日中、会話を楽しんで下さってる入所者の方もいらっしゃいます。」

「そうですか。……」

「一般的なVFじゃなくて、普通の人間のように、個性を備えている方が歓迎されます。もちろん、合う、合わないがありますから、弊社としても、老若男女、出来るだけ多くのVFの方々にご協力いただいて、先方のリクエストに沿った方を派遣したいと考えておりまして。――石川さんのお母様は、読書家でいらしたし、英語を話されたり、シングルマザーだったりと、施設からいただいているリクエストと合致する点が多いんです。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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