人は眺望に養われる 佐藤倫之

西日本新聞 オピニオン面 佐藤 倫之

 思いがけない発見(セレンディピティ)や創作の源流をたどると、そこにはどんな景色が広がっているのか。

 熱帯感染症治療薬の研究で2015年、ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智さんが、小国町(熊本県)での講演会で語った言葉が妙に心に残った。

 「眺望は人を養う」

 大村さんは山梨県韮崎(にらさき)市出身。農家の長男として生まれ、富士山や南アルプスを眺望する甲府盆地で育った。「自然を愛することは全ての学問の基礎であり、出発点である」。研究者としての歩みを振り返る中、伝えたい言葉の一つとして挙げた。

 詩人・大岡信さんの言葉だという。大岡さんは別角度の南側から富士山を眺望する伊豆半島(静岡県)で育った。随筆をめくると、工業化、乱開発に伴い、細りゆく富士水脈や山水に触れ「自らの養生訓」として記している。

 その意は「私の原点はふるさと」といった、単なる郷土愛でもなさそうだ。親しんできた眺望により、いかにまなざしや感性が養われたか。理屈じゃないんだろうが、人と自然が連なり、対話することの深遠に、2人は共感しているように思えた。

 小国町は新千円札の「顔」となる医学者、北里柴三郎の郷里だ。破傷風の血清療法を確立し、第1回ノーベル賞の候補にも挙がっていたとされる。北里も「小国富士」と呼ばれる涌蓋山(わいたさん)のふもとで生まれ育った。

 やはり小国出身の抽象画家・坂本善三を思い出す。1950年代、阿蘇五岳を眺望する北外輪山の大観峰に通い、新境地を切り開いた。

 作品を常設展示する坂本善三美術館(同町)の学芸員によれば「彼はある時、足元の大地、遠望する五岳、空へと視座を移すうち、正面と背後の風景の『等価値』に気付き、抽象画のひらめきを得た」という。

 都市には都市の眺望がある。そこでも人はもまれ、養われているのだろう。

 27万年前から4回の大噴火・大陥没で形成された阿蘇カルデラ。その鍋底からは冬日、雪化粧したくじゅう連山も眺望できる。やがて山肌を野火が走る野焼きが本格化し、活火山と大草原の眺望は春へと向かう。

 <大あそのよな降る谷に親の親もその子の孫も住みつぐらしき>(佐佐木信綱(のぶつな))

 噴火活動が活発だった1929(昭和4)年に詠まれた一首で、「よな」は火山灰。折々に広がる大阿蘇の眺望に人はどう養われているのか。湯に浸りながら思いを巡らす。 (阿蘇支局長)

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