聞き書き「一歩も退かんど」(87)獄中歌「かえろ」に涙 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 2010年4月29日、布川(ふかわ)事件の冤罪(えんざい)被害者、桜井昌司(しょうじ)さんが私のホテルを訪ねてきました。「川畑さん、お世話になります」。相変わらずにこやかな笑顔。早速、志布志事件の現場の懐(ふところ)集落に車で出発です。

 細く曲がりくねった山道がこれでもかと続きます。「えー、こんな山奥に人家があるの」と目を丸くする桜井さん。「静かな山村でひっそり暮らす人たちに、警察は何てかわいそうなことを」と漏らしました。

 私たちは2年前に亡くなった志布志事件の元被告、永利忠義さんの家を訪ねました。妻のヒナ子さんが手打ちそばを振る舞ってくれました。「警察がひどいことをしたから、親子の縁がなくなった」と嘆くヒナ子さん。そう、永利さんは起訴された時、大切な長男から「親子の縁を切る」と告げられたのです。夫を失い長男とは連絡が途絶えたヒナ子さん。張り裂けそうな胸から絞り出される言葉を、桜井さんは「うん、うん」と聞いていました。

 2日後の5月1日、私たち志布志事件の仲間は、布川事件再審開始決定のお祝いを兼ね、公民館で桜井さんを囲む会を開きました。桜井さんが再審請求の歩みなどを報告した後、「刑務所の中で作った歌があります」と切り出しました。実は桜井さんは獄中歌を30曲以上、作詞作曲していて、後年、CDになったほどの出来栄えなのです。

 「20歳の時に逮捕され、29年間、刑務所にいました。やっぱり誰でもシャバに帰りたいですよね。おやじとおふくろに会いたいという気持ちが一番強くて…。でも、実家に帰った時は2人とも死んでて。泣きましたねえ…」

 桜井さんの独白に、私の涙腺も緩みます。「では、刑務所で作った歌の中から『かえろかえろ』を」。桜井さんは支援者の音楽家が作ってくれたカラオケを流し、マイクも使わず歌いだしました。

 ♫かえろかえろ 格子の窓を夕日が染めれば遠い故郷思い出す

 朗々とした声は哀愁を帯びて、公民館いっぱいに響きます。皆がたちまち引き込まれました。

 ♫かえる人のいない家は明かりもつかない声もない 熟れたままのカキの実が夕日に染まって人恋し人恋しともえている

 これほど胸を締め付けられる歌は初めてです。締めの歌詞はこうでした。

 ♫かえろかえろ故郷へかえろ かえろかえろ明日はかえろ 明日はかえろ

 (聞き手 鶴丸哲雄)

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