平野啓一郎 「本心」 連載第161回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 僕は、話を半分程度、理解したままで、相槌(あいづち)を打っていた。

 考えもしなかったことだが、僕が仕事に出ている時間、<母>も、ただ、ネットの情報収集をしているだけより、そうして、誰か生きた人間と接点を持った方が、いいのではないか、という気がした。三好との人格の比率も、相対的に低下するだろうし、僕との会話の内容も、もっと人間らしくなるのではあるまいか。

「それで、……報酬も受け取るんですか?」

「はい、人気のあるVF(ヴァーチャル・フィギュア)の方で、月収、手取りで五十万円になった方もいらっしゃいます。」

「そんなに?」

「はい。今後、事業が拡大していけば、もっと増える可能性もあります。所有者の方は、分身のVFを何体か作って、全国の施設に派遣していますが。」

「……そういうことも出来るんですね。……」

 当たり前のように、僕は母のVFを、母の代わりに一体作製することしか思いつかなかったが、何人も<母>がいて、色んな場所で活動しているというのは、ふしぎな想像だった。

 しかも、五十万円というのは、生前、母が旅館の下働きで得ていた月収の倍以上だった。

「それは、ちょっと極端な例ですが。」

「ええ。でも、多少でも収入になるなら、助かります。」

「入居者の方の中には、死後もこうして人の役に立てると思うと勇気づけられると仰(おっしゃ)って、ご自身のVFの作製を依頼される方もいらっしゃいます。」

「その宣伝効果もあるんですね。……それで、死の不安が慰められるんでしょうか? 自分がVFに生まれ変わると思うと?」

「やっぱり安心されるんだと思います。死によって、すべてが失われるわけではないと考えられれば。」

 野崎は、共感を求めるように言ったが、僕は曖昧に相槌を打っただけだった。

 本当にそうだろうか? 中尾さんのように、自分にもし子供がいて、死後にVFとして稼いだ金がその子の生活の足しになると思えば、確かにそうかもしれないが。……

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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