機動隊って?「助けたい、それだけだ」 増える災害救助、訓練の日々

西日本新聞

 福岡県警機動隊は1952年8月に発足し、76年に第一機動隊に改称した。専門ごとに五つの部隊と剣道や柔道など術科を専門に強化する四つの特練部隊があり、車両約60台を保有する。いつ訪れるか分からない有事のために、ほとんどの日々は過酷な訓練に費やす。自然災害が増える近年は救助のために九州外に出向くことも珍しくない。

 機動隊といえば、安保闘争やあさま山荘事件などの過激派闘争で最前線に立つイメージが強い。警備は今も重要な任務の一つだが、近年は災害救助の出動が増えているという。

 人命救助を担うレスキュー部隊は、2011年の東日本大震災を皮切りに16年の熊本地震、17年の九州豪雨、昨年は台風19号で被害を受けた福島県に出動した。

 核や生物兵器に対応するNBC部隊は、全国9都道府県にしかなく、九州では唯一福岡にある。ウイルス兵器などへの対処を学び、専門知識も豊富な「頭脳派」だ。

 最も過酷とされるスクーバ部隊は「水」のプロ。証拠品の捜索のため海や川、ダムなど水中での活動を担当する。真冬の水中で、体が浮遊しないよう重りや酸素ボンベなど総重量35キロを身に着けての捜索活動もある。ほとんど周囲が見えない状況を想定し、視界をふさいで手探りで“ブツ”を捜す訓練もある。

 このほか、人質立てこもり事件で出動するレンジャー部隊と爆発物などに対応する爆化処理部隊がある。

 速やかに臨場するため、「福岡・筑後」を担当する第一機動隊のほかに、「北九州・筑豊」を担う第二機動隊(北九州市小倉北区)もある。

 第一機動隊に配属されて3年、レスキュー小隊の林遼太朗巡査(24)は18年7月の西日本豪雨で広島県に派遣される途中、福岡県筑紫野市で浸水した乗用車を見つけた。腰高まで水に漬かり、乗っていた人はドアが開けることができなかった。「応援を待っていたら水没する」-。1人で後部座席のドアをなんとか開け、老夫婦と娘を救出した。

 林巡査は「『人を救いたい』の一心でやっているが、過酷な現場で助けられない命もある。どんな現場が待っているか分からないという気持ちを常に持っている」と語った。

 レスキューやレンジャー部隊をまとめる第一中隊長の井上辰徳警部(44)は「『常に現場』と思って訓練をやるよう指導している。だからこそ現場で力を発揮できる」と強調する。

 広域出動で他の都道府県の隊員と切磋琢磨(せっさたくま)する機会も増え、隊員の士気も向上しているという。井上中隊長は言う。「困っている人、要救助者がいる。だから助けたい、それだけです」

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