聞き書き「一歩も退かんど」(88)裁判官とにらめっこ 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 2010年11月12日。私は初めて茨城県に足を踏み入れました。水戸地裁土浦支部で開かれていた布川事件再審の応援のためです。あの獄中歌を聴かせてくれた桜井昌司(しょうじ)さんから「ぜひ一度、裁判の応援に来て」と頼まれていたのです。

 応援と言われても何をすればいいものやら。弁護士に促されマイクを握りました。「私は取調室で踏み字をされました。警察は事件をでっち上げるためなら何でもやります。桜井さんと杉山卓男(たかお)さんも、そうやって無実なのに捕らえられたのです」と訴えました。

 続いての弁護士の依頼は「法廷で裁判官をにらんでください」。冤罪(えんざい)被害者の厳しい視線が司法当局へのアピールになる、とのこと。半信半疑で傍聴席の最前列に陣取り、裁判官とにらめっこし続けました。

 そんな応援に効果があったかは分かりませんが、布川事件は翌11年5月、無罪判決が出て、逮捕から44年を経て6月に無罪が確定。桜井さんは「これで普通の人間に戻れます」と述べ、選挙権が回復して妻の恵子さんと念願の投票に行けるのを心から喜びました。私もそうでしたが、逆境の時に愛妻ほどありがたい存在はありません。刑務所の中で両親の訃報を聞いた桜井さん。恵子さんと幸せな人生を、と願いました。

 それから私は、桜井さんや足利事件被害者の菅家利和さんらと、可視化運動で全国を奔走する日々となりました。13年の初秋、思いもよらぬ会見依頼が。相手は日本外国特派員協会。私と桜井さん、菅家さんに可視化問題を聞きたいとのこと。でも、英語なんてしゃべれません。

 取りあえず菅家さんに電話しました。「どうしますか」と尋ねると、「まあ桜井さんがいるから、大丈夫じゃないかなあ」。それで3人で会見することに。

 この会見には小泉純一郎元首相や五輪金メダリストの羽生結弦選手ら、そうそうたる人物が招かれています。私たちの会見は9月9日。まず桜井さんが布川事件と可視化の問題を分かりやすく語ってくれました。

 私は可視化を唱える「川畑の街宣車」で九州全域を回ったことを話しました。「最初は『この野郎』という怒りからでしたが、次第に考え方が変わりました。今では私と同じ境遇の人を救うため全面可視化を実現しないといけないと強く思います」。随時英訳が入って話しづらかったですが、冤罪被害者の思いを少しは世界に発信できたのでは。

 (聞き手 鶴丸哲雄)

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