聞き書き「一歩も退かんど」(89)思いもよらぬ来訪者 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 話は少し戻りますが、志布志事件の全員無罪判決が出た2007年の初め、富山県でも警察組織を揺るがす冤罪(えんざい)が発覚します。強姦(ごうかん)と強姦未遂罪で懲役3年の刑が確定して服役した男性が出所後、別に真犯人が現れました。前代未聞の「氷見(ひみ)事件」です。

 連載の61回目でこの年の3月に警察庁が適正捜査を促す緊急通達を出したことに触れましたね。その背景には、志布志事件と氷見事件が重なって、警察の捜査に国民の批判が集中した事情があったのです。

 その氷見事件の被害者が柳原浩君でした。私は彼を君付けで呼びます。私の長女と同じ1968年生まれですから。目はくりっ、眉はきりっとしていて、鹿児島弁で言えばなかなかの「よかにせ(ハンサム)」です。彼が突然、私のホテルを訪ねてきたのは2008年8月10日の午後9時半ごろでした。

 「こんばんは。氷見の冤罪事件で無罪になった柳原です」。何と富山から羽田経由で鹿児島空港に1人で来たそうです。「レンタカーを借りるのに手間取って遅くなりました」。話を聞けば、無罪確定後にいろいろ悩んでいて、私と懇意のテレビ局ディレクターから「川畑さん夫妻はとてもいい人で裁判にも詳しいから、相談に訪ねてみれば」と勧められたそうです。

 頼られると嫌とは言えないのが私の性分です。翌日、志布志事件の元被告たちに会わせるため、懐(ふところ)集落に連れて行きました。

 柳原君は国家賠償訴訟を検討中で、先に国賠訴訟を起こした元被告たちの話は大いに参考になった様子。原告団長の藤山忠(すなお)さんや女性最高齢の永山トメ子さんに激励され、「はいっ、ありがとうございます」と応じていました。都井岬で野生馬とふれあい、英気を養って帰っていきました。

 翌09年12月、鹿児島県志布志市に国内の名だたる冤罪事件の被害者が集合した市民集会にも、彼は快く参加してくれました。一足早く志布志入りし、パネリストの一行を私と鹿児島空港へ出迎えに。歓迎の横断幕を掲げる2人の写真、何だか親子みたいでしょう。

 ところが翌10年夏、柳原君の弁護団から電話が。無罪確定後に支給された多額の補償金を遊興費に使い果たしてしまったとのこと。「本人が『志布志に行きたい』と言うので、川畑さんのホテルで1カ月ほど預かり、社会人修業をさせてもらえませんか」。予期せぬ展開になりました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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