平野啓一郎 「本心」 連載第163回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 ≪縁起≫と違って、僕には、からだがあった。太陽が膨張して、赤色巨星となれば、ここも暖かくなり、もっと明るくなって、人が住める場所になるんじゃないだろうか?

 僕は母に、自分は藤原亮治の子供じゃないのかと尋ねなかったことを、しきりに悔やんでいた。なぜ尋ねなかったのだろう? あるいは、藤原本人に。――

 簡単なことのはずだった。しかし、それももう、僕が地球で、人間として生きていた、数十億年前の昔の話だったが。……

 

      *

 

 その後、約一週間、僕はさいたま新都心のオフィスビルで、古紙回収の仕事をしていた。

 何をしたいという考えもなく、実際に、僕の学歴で選択できる職業は限られていたが、生活費の底も見えており、ひとまずネットで探した仕事だった。

 いつまでも家に籠(こ)もっている余裕もなかった。

 高層ビルばかり、午前中五件、午後十件ほどを三人一組で回り、段ボールや古紙をパッカー車に積んでいく。

 不揃(ふぞろ)いの段ボールの束は、どうしても無理な持ち方になりがちで、実際の重量以上に筋肉に負担がかかった。

 パッカー車の荷箱を目前に見ながら滑り落ちそうになる段ボールを腹で押さえ、指先の掴(つか)む力でどうにか支えながら早足で歩く。二の腕が痛くなり、震える手の先から力が抜けていくのをすんでのところで堪(こら)えて、一つ塊を運び終えると、休みなく、また次に取りかかる。

 口を開く余裕はなく、肉体がただ、機械化する経済合理性もない仕事のために、言わば疑似機械として酷使されるのを、噴き出す汗のベタつきとともに感じていた。

 日当は交通費込みで八千円だったが、帰宅すると毎日、疲労困憊(ひろうこんぱい)して、三好と顔を合わせても、会話する気力がなかった。

 

 二十歳前後の頃、僕は飲食店や引っ越し業者など、幾つもの職を――職というのだろうか?――転々としていた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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