聞き書き「一歩も退かんど」(90)やる気出るまで待つ 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面

 2010年夏。氷見(ひみ)事件の冤罪(えんざい)被害者、柳原浩君を私のホテルで預かることになりました。09年5月に国家賠償請求訴訟を起こした後、刑事補償金を使い果たしたそうで、働く習慣をつけるのが目的でした。

 10年8月11日、柳原君は片道切符で宮崎空港へ。迎えに行くと、弁護団は勝手な行動をさせないようお金も持たせなかったそうで、「たばこが吸いたい」と言います。彼の弁護士に電話して許可をもらい、千円札を渡しました。いやはや、先が思いやられます。

 ですが、彼は心に深い傷を負っていました。幼い頃に母親を亡くし、無実の罪で刑務所に入っている間に父親も他界します。犯人の似顔絵と似ているというだけで強引に取り調べられ、最愛の母の遺影を持たされ自白を迫られたそうです。冤罪で仕事を失い、出所後も社会になじめない。そんな悪循環の中にいました。

 その夜は景気づけにスナックへ。彼は女性にもてそうですが、意外に恥ずかしがり屋。それでもカラオケを勧めると、マイクを握って陽気に歌いました。

 帰ってくると、妻の順子に「奥さん、富山に帰りたい」と泣き言を言いだします。すると妻は「今ごろ空港に行っても飛行機はないよ。空港まで1人で歩いて行け」と叱り飛ばしました。こんなふうに叱ってくれる人はいなかったのでしょうね。彼は驚いていましたが、以来、妻の話には耳を傾けるようになりました。

 朝昼晩と一緒にご飯を食べ、私たちは打ち解けていきました。柳原君には客室や駐車場の清掃をしてもらいましたが、勤労意欲はあまり湧かないようです。

 お盆すぎ、岩風呂に張る屋根材にする竹の切り出しに行くことに。山中での重労働。私は竹を3本、女性従業員は2本背負い、汗びっしょりで運び出すのですが、柳原君は1本だけ。「もちょっと背負えば」と言っても、岩に座ってたばこを吸い、涼しい顔です。

 でも、なぜか憎めません。どの社会にもこんなタイプの若者はいますからね。頭ごなしに言っても本人の尊厳を傷つけるだけ。やる気が出るまでのんびり待つのが一番です。 そんなふうに志布志で約1カ月過ごし、柳原君は9月7日、帰りました。私は富山まで付き添って行き、弁護団の会議に出席しました。「志布志での生活はどうでしたか」。そんな質問に対する彼の答えに弁護団は青ざめました。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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