佐藤浩市さん「何か違う」シーン変更 映画「Fukushima50」主演

西日本新聞 根井 輝雄

 2011年3月、東日本大震災直後に起きた福島第1原発事故。被害拡大を食い止めようと現場で奮闘する姿を描いた映画「Fukushima50(フクシマフィフティ)」が3月6日から全国公開されます。佐藤浩市さん(59)と渡辺謙さん(60)のダブル主演。現場の当直長を演じた佐藤さんに、映画への思いを聞きました。

 -佐藤さんは、震災当時の1・2号機当直長の役。出演依頼が来た時はどう感じましたか。

 ★佐藤 最初に話を受けたのは災害から6、7年目。被災された方々の痛みもあり、まだ生々しすぎるのでは、と思ったのは事実です。でも、僕らが知らないことがあまりに多い。若松節朗監督が「現場に残った現地雇用の方々に焦点を当てたい」とおっしゃって、それなら形になると思いました。

 -自身の役どころについては。

 ★佐藤 原発が地元にでき、幼い頃からそこにあった。現地雇用で、それによって出稼ぎに出なくて済む。都会にいると原発の片方の側面しか見られないけれど、多面的に、それぞれの立場があるんですよね。

 -役作りについては。

 ★佐藤 浜岡原発(静岡県)を見学しました。現場の方々にとっては、放射線量を毎日測ってそこに居るのが日常ですが、われわれにとっては非日常の経験でした。

 -撮影時の苦労は。

 ★佐藤 現実に最前線にいた方々にとっては、1秒先に何が起こるか分からない状況でした。それに対し、ある程度の結果が見えてから演じるのは違いますね。震災後5日間の話が中心で、撮影は数週間かかったんですけど、不眠不休でもないし。当時のことを思えば、われわれの撮影は苦労と言えるものでもないです。

 -ダブル主演の渡辺謙さんは原発所長の役です。映画の中で共演場面は少なかったようですが…。

 ★佐藤 最初の段階では一緒のシーンがもっと多かったんですが、何か違うよね、という話になって、絞っています。映画の中で個人的な話をするのは1回だけです。僕と謙ちゃんは、実際にも年齢が一つ違いで、この世界で40年やっているので、何か通じ合うものがあります。それがそのまま、役柄の違う2人に投影できました。何も語らなくても、それぞれの場面で、あとはよろしくね、とバトンを受け渡す形でした。

 -東日本大震災当時はどこにいましたか。

 ★佐藤 都内で撮影が終わり、コンビニに寄っていたところで、揺れ出しました。撮影現場のように物が倒れて。家族が外にいたので、無事に戻れるか考えました。家に戻ると、テレビの中で状況が刻々と変わっていく。あまりに想定外だったので、どう受け止めようか、とテレビを食い入るように見ていました。

 -今後の福島への思いは。

 ★佐藤 現地を実際に自分の目で見たとき、どれぐらいの人がこれを知っているんだろう、と思いました。帰還困難区域を抱える町では、病院や学校などの態勢を整えていますが、9年というスパンで、避難して生活の基盤を移された方々が戻ってくるのはなかなか難しい。行政がもっとフォローアップしてほしいですね。

 -福島の教訓をどうつなげていきますか。

 ★佐藤 例えば、桜は人間のために咲いているわけではない。でも桜を見ながら、美しさとか希望とか、人はいろんな思いをはせる。事故は負の遺産ですが、考え方によって、未来への遺産にすることもできる。それは人間の強さだと思っています。そして、この映画を見た後に劇場の外で街の明かりを見て、皆さん思うところがあるはずです。

 -ところで九州へはよく来ますか。

 ★佐藤 もともと(福岡県筑豊地方を舞台にした)「青春の門」(1981年)で僕のキャリアは始まったんですけど、不思議なもので、その後の撮影は北が多かった。映画のキャンペーン以外では、昨年、ロケで福岡に来たのが久しぶりでした。

 -九州の印象はどうですか。

 ★佐藤 魚がおいしいのが魅力です。もう年なので、街に飲みに行くことはないですが、若い頃は福岡の中洲や屋台に行くのが当たり前でしたね。

 (文・根井輝雄、写真・岡部拓也)

 ▼さとう・こういち 1960年生まれ、東京都出身。映画初出演の「青春の門」(81年)で日本アカデミー賞新人俳優賞。映画「忠臣蔵外伝 四谷怪談」(1994年)「64-ロクヨン-」(2016年)など主演多数。19年は映画「空母いぶき」「ザ・ファブル」「楽園」などに出演した。

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