「ものづくり県」佐賀の誇り次代に ロボット競技先駆者は高校教諭

西日本新聞 佐賀版 河野 潤一郎

 自作のロボットを操縦してアイテムを運ぶ速さや正確さを競う「全国高校ロボット競技大会」。昨年10月に新潟県で開かれた大会に、顧問を務める塩田工業高(佐賀県嬉野市塩田町)機械研究部のチームが県代表として出場した。

 「ものづくりはアイデア勝負。とっぴで柔軟な発想をいかに形にしていくか、かんかんがくがくの議論が必要だ」。幕末にいち早く大砲を製造するなど、ものづくりの先進地だった佐賀。その誇りが「先駆者」として県内でロボット競技を広める原動力となった。

 今も忘れられない言葉がある。有田工業高の教諭だった2004年、広島県であった全国高校ロボット競技大会を見に行った。九州からは佐賀以外の各県が出場し、その一人の教員から言われた。「何で佐賀は出ないのか」

 ものづくりの県なのに、と悔しさがこみ上げた。高校でロボットを作ろうと決意しゼロから始めた。当時は数少ない電子制御などの専門書を読み、大分県の工業高を訪ねて担当教員に教えを請うた。「見よう見まねで作った。手探りだった」。焦りもあり、生徒には自分で作ってみせ、「こがんせろ」と指導した。

 それでもロボット製作を進めていくうちに、アイデアと議論の大切さを重視するようになっていった。生徒たちが発想に行き詰まると、いくつかの案を提示し、「今夜風呂に入っている時に考えてみて」と切り替えを促す。

 手探り状態で作り始めてから数年後、有田工高で出場した全国大会で初めて予選を突破し手応えをつかんだ。その後も転勤先で教諭や生徒に製作技術を伝え、県全体の底上げを図った。

 バイク競技に高校時代からのめり込み、県内の工業高校卒業後に自動車整備士や営業として会社員生活を送っていた。30代半ばで教員に転じ、現場経験を踏まえた工業技術を教える。

 塩田工高では15年の全国大会で予選を通過し、生徒たちと喜びを分かち合った。同校名の生徒は現3年生が最後で、嬉野高との統合により本年度で閉校する。

 自身も20年度で退職だ。最後の1年に向け、18年度から取り組む若手教諭との講習会を拡充する計画を進める。これまで3校の教諭を集めて年3回開いていたが、今年から県内すべての工業系高校に参加を呼びかけ回数も増やす。

 「自分の経験を次世代に還元する。すべて吐き出してスカッと辞める」(河野潤一郎)

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