悶々と問う刑法39条 小出浩樹

西日本新聞 オピニオン面 小出 浩樹

 人権報道に携わる記者の一人として、長年立ちすくんでいるのが刑法39条である。

 <(1)心神喪失者の行為は罰しない(2)心神耗弱(こうじゃく)者の行為はその刑を減軽する>

 精神障害者の刑事責任を減免する条項だ。果たして妥当な規定なのか。該当する事件のたびに議論を呼び起こす。

 最近の代表例は、兵庫県・淡路島住民5人刺殺事件(2015年)の被告の男に大阪高裁が1月、言い渡した控訴審判決であろう。

 被告に正常な判断能力を認め死刑とした一審判決を翻し、心神耗弱だったとして無期懲役に減刑した。遺族は「到底納得できない」と強く非難した。

 森田芳光監督が映画「39 刑法第三十九条」を公開したのは1999年である。殺人容疑者と鑑定人の生々しい駆け引きを描き、条文がはらむ問題点を世に問うた。

 2年後に起きた大阪・池田小での児童無差別殺傷事件は、さらに39条を巡る論議を深める結果となった。被告の男は精神障害を装う「詐病」歴があり、一審で死刑判決を受けて執行された。

 池田小事件など多くの事件は、鑑定結果に「絶対」はないことを投げかける。

 刑法39条に相当する考えは古代ギリシャ・ローマ時代にさかのぼるという。刑罰の前提に「善悪を識別する理性を持つ人間像」があり、自らを制御できない者は免責されるという理屈だ。近代刑法にも当然の理として引き継がれた。

 難しい。ただ39条を巡る環境はこの20年間で二つの点が大きく変わったと私は思う。

 一つは、それまでは皆無に等しかった犯罪被害者の人権という視点である。2004年にようやく被害者を守るための法整備がなされた。もとより被害者にとって犯人の精神状態は問題ではない。

 もう一つは、障害者を劣ったものとみなす優生思想への猛省である。障害者に不妊手術を強いる旧優生保護法の誤りを昨年、政府が認めた。39条も障害者の責任能力を健常者と同等に扱わないことへの批判が以前から出ていた。

 人権は本来、加害者、被害者ともそれぞれの立場で守られるべきである。一部の事件から生まれる「精神障害者はみな危険」という偏見とも闘う必要がある。

 どう向き合うべきか。

 3月16日には、知的障害者施設の入所者殺傷事件で責任能力が争われた植松聖(さとし)被告に一審判決(求刑・死刑)が下る予定だ。

 どんな結果になろうと波紋を呼ぶだろう。悶々(もんもん)と考える日は終わらない。

    (論説委員)

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