聞き書き「一歩も退かんど」(91)立ち直り喫茶店開く 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 氷見(ひみ)事件の冤罪(えんざい)被害者、柳原浩君の生活再建についての弁護団会議。「志布志での生活はどうでしたか」と聞かれた柳原君の答えはこうでした。

 「二度と行きたくありません。川畑さんにこき使われました」

 弁護士や支援者は青ざめました。「善意で預かってくれた川畑さんを前に、何てこと言うんだ」。みんな頭から湯気が出そうですが、私は笑っていました。

 「いいんですよ。怒らないでください」となだめました。私のホテルで1カ月一緒に働いて、彼のことはよく分かっていますので、腹も立ちません。「しっかり頑張って」と言い残し、富山を後にしました。

 その後も彼とはいろいろありました。「今、岸壁にいます。お金もないし、もう死ぬ」と電話がかかってきたことも。驚いて「ばかなこと言うんじゃない」と叱りました。弁護団に連絡すると、「いつものことです。本人のためにならないのであまり相手にしないでください」。で、メールの返信を送らないでいると、「無視かよ!」とまたメールが。もう笑い話ですね。

 実は、2011年に分かったのですが、彼は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っていました。周囲の冷たい視線や偏見が本当につらかったのだろうと思います。

 そんな彼も立ち直り、15年に国家賠償訴訟で見事に勝訴。県から1966万円の損害賠償を勝ち取りました。良き伴侶にも恵まれ、中古住宅をリフォームして昨年末、喫茶店を開きました。開店祝いの花輪は贈っていますが、このまま経営が軌道に乗って5月ごろまで頑張れたら、お祝いを持って会いに行こうと思っています。私たち夫婦の憎めない「息子」ですからね。

 柳原君の話が長かったですね。話を移します。

 12年11月15日。私と布川事件の桜井昌司(しょうじ)さん、足利事件の菅家利和さん、そして柳原君の4人は、鹿児島市の繁華街、天文館で街頭活動をしました。傍らには、車椅子に乗った当時85歳の女性が。大崎事件で無実を訴え続けている原口アヤ子さん。当時は鹿児島地裁に第2次再審請求中でした。地裁が、弁護側が申請した証人尋問を退けたことに対して、抗議の声を上げたのです。

 私たち4人はいろんな冤罪事件の被害者支援に取り組んできましたが、大崎事件は今、一番力を入れている案件です。あすは原口さんの話をしますね。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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