平野啓一郎 「本心」 連載第167回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 野崎も当然、その前提で話しているのだった。

 僕は、ひとまずその方法を試してみることにした。確かに、彼女があれこれ弄(いじ)って、<母>が急に愛想良くなるのも、昔のSFの脳手術か何かのようで気味が悪かった。

 もう一つ、野崎は、<母>がこの一週間の派遣で、早速、一万二千円も稼ぎ出したことを僕に報告した。

 <母>が既に、施設で働き始めていることは知っていて、そのやりとりを僕は見ることが出来たが、何となく気が進まず--これも一種の嫉妬だろうか?--顔を背けていた。

「たった一週間で、そんなにですか?」

「はい。一人、お母様をとても気に入られて、四日連続でご指名になった方がいらっしゃいます。」

「誰ですか?」

「データはお送りしていますが、元々、大学で英文学を教えてらした方です。八十歳ちょっと過ぎくらいの方ですね。」

 僕はぽかんとした後に苦笑した。

「幾ら母が読書家だったからって、そんな、大学の先生のお話相手が務まるほどじゃなかったと思いますけど。色々、学習させすぎなんじゃないでしょうか?」

「いえ、ご提出いただいていた本棚の写真を参考にしつつ、藤原亮治の本とか、お母様の世代が、学校の国語の教科書で勉強されたような作品を学習リストに加えた程度です。」

 そう言うと、野崎は少し皮肉めいた笑みを口許(くちもと)に過(よぎ)らせ、それを紛らすようにまた続けた。

「お相手の方と、対等にお話しにならなくていいんです。聞き役ですね、求められてるのは。むしろ、あんまり反論しても不興を買いますし、大人(おとな)しく、何時間でも相槌(あいづち)を打って話を聴いていられる、というのが、VF(ヴァーチャル・フィギュア)のいいところです。あまりぶっ通しだと、お母様も疲れてくるように設定されていますが、どちらかというと、それはご利用者の疲労を懸念してのことです。――幾つになっても、男性は、女性に何か教えたがるでしょう?」

「……そういう話ですか。」

「お母様は、呑(の)み込みがいいって、すごく気に入って下さってます。」

「AIですから、それは。」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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