軽トラに「放り込むように乗せた」 検証・大崎事件(6)

西日本新聞 社会面

 前回まで、事件当日の動きとして被害者の四郎さん(仮名)が午後6時ごろ、自宅から1・1キロの路上に倒れているのが見つかるまでをたどった。その後、被害者は近くに住む当時47歳のIさん、37歳のTさんに自宅へ搬送される。

 当時の2人の供述から、その様子を再現すると-。

 1979年10月12日午後8時20分ごろ、Iさん宅に知人から「四郎さんが側溝に落ちて道路に上げられ、寝かされているから家の者に迎えに来るよう伝えてくれ」と電話があった。Iさんは自分で迎えに行くことにして、近くのTさんに連絡。2人で軽トラックに乗り、教えられた場所へ向かった。到着は同8時40~45分ごろ。現場は道幅5メートルほどの町道で、右側に幅80センチ、深さ1メートルほどの側溝があった。

 被害者はなぜかズボンを脱ぎ下半身は裸。全身がずぶぬれだった。「四郎、何ごっか」と大声で怒鳴ったが、苦しそうに「うーうー」と言うだけ。Iさんは警察に「1人で立つこともできない泥酔状態だった」と説明している。

 2人で被害者を軽トラに乗せ、近くに転がる自転車やズボンのほか焼酎の2合瓶2本、タマネギが入った袋も積んだ。現場を離れ、1キロ余りを走り被害者宅に到着。時間は同9時ごろだった。母屋に運び「ぬれていたため土間に置いたまま帰った」。以上が2人による警察への説明だ。

 2人の供述は、原口アヤ子さん(92)ら4人を有罪とした確定審の段階では第三者供述として信用性を争われることはなく、事件の前提事実となっていた。

 これに対し、再審請求後の弁護団は「土間に置いたまま帰った」とする部分を疑問視する。「自転車転落事故の影響で重篤な状態だった被害者を、いつもの泥酔状態と勘違いして2人が手荒に扱った結果、事切れてしまった可能性がある」と推認。そのような場合には、驚きのあまり、とっさに遺体を堆肥に隠すという「殺人を前提としない死体遺棄」の動機が想定可能だと示唆した。

 確かに、確定判決は当時の被害者の酒癖について「離婚後に一層悪くなり、飲んだ先々で迷惑をかけたり、道端に寝込んだりするありさまだった」と指摘。Iさんも、被害者を連れ帰ってほしいという電話を受けたときに「また酔っぱらって道路に寝ているのだなと考えた」と警察に供述している。

 さらに、被害者を軽トラに乗せる際「気合を入れるつもりで、ほおを2、3発殴った。2人で放り込むように荷台に乗せた」(Iさん)。「平手でほおをIさんが3、4発たたいた。たたく強さは少し強かったように思う」(Tさん)との供述もある。

 次回は、2人の捜査段階の説明をさらに詳しくみていく。

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