聞き書き「一歩も退かんど」(92)生あるうちに無罪を 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

西日本新聞 オピニオン面 鶴丸 哲雄

 大崎事件は、鹿児島県志布志市の隣の大崎町で1979年に発生した殺人死体遺棄事件です。この事件で服役後、無実を訴えている女性がいるのを私が知ったのは2003年。志布志署で踏み字の被害を受け、逮捕までされた年でした。

 大崎事件を捜査したのも同じ志布志署です。人ごととは思えず、妻の順子と一緒に小さな家で暮らす原口アヤ子さんを訪ねました。

 アヤ子さんは当時76歳でしたが、かくしゃくとされていました。「川畑さん。あたいはやっちょらん。だから刑務所に入っても1回も(罪を)認めとらん」。その力強い言葉を聞いた時、この女性は無実だと確信しました。

 志布志署にどう調べられたのか聞いたら、「密室でがんがん怒鳴られた」「こっちの話は聞かなかった」。私の場合と全く同じです。「お互いに頑張りましょう」と手を握りました。

 アヤ子さん宅までは車で15分ほど。以来、ちょくちょく訪ねるようになって、苦労話もたくさん聞きました。ただ一人無罪を信じてくれた母は服役中に亡くなったこと。刑務所では駅弁のお手拭きを折る内職をして再審請求の資金をためたこと。共犯で服役した夫は再審請求を拒んだため、離婚したこと…。何と険しい人生でしょうか。

 出会った時、アヤ子さんは第1次再審請求中でした。鹿児島地裁が再審開始を決定したものの検察が即時抗告し、争いの舞台は福岡高裁宮崎支部に移っていました。04年12月9日、私も宮崎に駆けつけましたが、高裁の判断は再審開始取り消し。「そんなばかな」と怒りに震えました。

 それから15年余り。アヤ子さんは不屈の精神で闘ってきました。私たち夫婦も鹿児島や宮崎の法廷に欠かさず足を運びました。

 第3次再審請求では地裁も高裁も再審開始を認めてあと一歩まで来たのに、最高裁が昨年6月、決定を覆しました。神も仏もありません。国はアヤ子さんが亡くなるのを待っているのでは、とすら思います。

 アヤ子さんの誕生会は、私のホテルの食堂で開くのが恒例でしたが、15年が最後になりました。アヤ子さんが高齢化し介護施設に入ったためです。今は病院で寝たきりです。

 41年もの間、どんな辛酸をなめても無実を訴えてきたことが、何よりの無罪の証しではありませんか。アヤ子さんは今92歳。生あるうちに無罪判決をと、切に切に切に願います。 (聞き手 鶴丸哲雄)

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