最高裁の不可解な評価 検証・大崎事件(7)

西日本新聞 社会面

 「泥酔して路上に寝ていた被害者を車で連れ帰り、自宅の土間に置いたまま引き上げた」。原口アヤ子さん(92)らを有罪とした確定判決は、被害者の自宅近くに住むIさんとTさんの、この供述の信用性を認めた。だが2018年の福岡高裁宮崎支部決定は退けた。捜査機関に対する2人の説明に幾つもの矛盾があったことが理由の一つだ。

 最大の矛盾は、自宅到着後、被害者が母屋にどのように入ったかという点。「2人で体を抱えて車から降ろし、玄関から土間に運んだ」。自宅牛小屋の堆肥の中から遺体が発見された1979年10月15日、Iさんはそう供述していた。

 Tさんは翌16日、「自分一人で車から降り、少し手を貸すと千鳥足で玄関の中に入った」。2人が実際に体験した出来事にしては、被害者の容体という「核心部分」のあり得ない食い違いに思える。

 到着後、軽トラックを駐車した方向も異なる。被害者宅は、母屋に向かって左手に牛小屋があった。「母屋に車の前部を向けて止めた」とするIさんに対し、Tさんは「牛小屋に車の前部が向いていた」。

 そう主張する理由を「母屋の玄関にある外灯スイッチがすぐ分かるよう車のライトをつけたままにした」(Iさん)▽「牛小屋の餌箱に餌がないことが車のライトで分かった」(Tさん)と、それぞれ理屈の通った説明をしていた。

 さらに、牛小屋で餌をやった作業の順番や人数はかけ離れている。「到着後すぐにIさんが1人でやった」(Tさん)▽「最後に2人でやった」(Iさん)。どういうことなのか。

 Iさんの言動には不可解な点も指摘された。被害者の遺体が発見されたのは、2人が土間に置いて帰ってから3日後のこと。通夜の晩、Iさんは「わい(おまえ)も3日間苦しかったろう。おいも3日間風呂に入らず、きばった。すまんかった。何とか言ってくれ」と涙を流しながら話したとされた。

 「堆肥に埋まっていた期間」が3日間だと知っていたかのような言動だとして、弁護側が2001年の証人尋問でただした。

 「被害者を迎えに行ったあなたは、礼を言われてしかるべき立場。なぜすまんかったなのか」と弁護人に問われ、Iさんは「ちょっと返答のしようがないですね。もう少しわれわれが面倒をみておれば、こうはならなかったと、恐らくそういう気持ちだったろうと思います」と答えている。

 2人の供述に関し、18年の高裁決定は「生きている被害者を土間に置いて帰ったという、供述の核心部分は認定できない」と指摘。一方、昨年6月の最高裁決定は2人の供述の信用性をまたも認めた。評価の理由を最高裁は「相互に支え合っている」としたが、5人の最高裁判事の方々は2人の供述記録にきちんと目を通したのだろうか-。

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