検察、両被告の恨み主張 元警部銃撃事件 【工藤会トップ裁判】

西日本新聞 社会面

〈マンスリー報告 2月〉トラブルなぜ明かさず

 野村、田上両被告の公判は13日から元福岡県警警部銃撃事件(2012年)の審理が始まった。元警察官が狙われる異例の事件はなぜ起こったのか-。検察側は、県警による工藤会対策の強化に伴い、両被告が元警部の言動に不満を募らせていく様子を浮かび上がらせようとした。

最高幹部にパイプ

 ≪長年工藤会捜査に携わった元警部は1980年代から野村被告らと面識を持ち、最高幹部とも話せる数少ない警察官だった。一方で、県警は取り締まりを強化し、会との対立は鮮明になっていった≫

 特別捜査班長 銃撃事件の捜査を指揮した。2003年3~4月、当時会長だった野村被告宅の家宅捜索の際に元警部と初めて会った。県警は約100人態勢で捜索に臨んだが、組員が門を開けず押し問答が続いた。元警部が幹部組員と話すと門が開いた。

 03年8月、同会系組員が北九州市内のクラブに手投げ弾を投げ込んだ事件があり、この頃から取り締まりが強化された。

 10年の県暴力団排除条例施行後、組員への職務質問の際には多数の組関係者が集まり、一部はその様子をビデオカメラで撮影するようになった。当時の上司からは「工藤会が(警察官の通勤経路を)監視しているので気をつけろ」と指示を受けていた。

両被告募る不満

 ≪元警部は、再就職先への出勤途中に銃撃された。関係に亀裂が生じた両被告から、元警部に怒りの声も届いていたという≫

 元警部 情報を取るため、09年に元組員に接触した。野村被告を批判した会話が録音され、野村被告に伝わった。ゴルフ場や病院で野村被告に会った際に「最後になって悪いもん残したな」「信用しとったのにつまらん」と言われた。

 10年には田上被告宅を家宅捜索し、田上被告から電話で「家をめちゃくちゃにしてくれたの」と抗議された。

 検察側 両被告から恨みを買っていると感じていたか。

 元警部 はい。事件は自分たちの意に沿わない者に対する見せしめで、会の組織的犯行と思う。

 弁護側 組員の供述調書では、あなたが会関係者から金銭をもらったり飲食接待を受けたりしたとあるが。

 元警部 ない。その組員とは一切、接点がない。接触したこともない。

 元警察官 1999年、恐喝事件で実刑判決を受けた田上被告を拘置所で取り調べた際、元警部について「許さん。間に何人か入れて『やる』(襲撃する)」と話した。仕返しをすると感じた。

 元警部とは私的にも付き合いがあり、素晴らしい先輩と思う。田上被告が「許さん」と言ったことについて「どうして」という思いがあり、印象に残った。

 弁護側 「許さん」と言った理由は。

 元警察官 知らない。

拭えぬ恐怖心

 ≪工藤会捜査に長く携わった元警部だが、事件後には野村被告らとのトラブルを警察にも明かせずにいた。なぜか-≫

 検察側 事件前、会最高幹部とみられる男の車を自宅前で発見した際には何を感じたか。

 元警部 家に火を付けられるか、拳銃で撃ち込まれると思った。

 弁護側 事件後に野村被告の顔が浮かんだ。

 元警部 はい。

 弁護側 事件後、野村被告とのトラブルを警察に話さなかったのはなぜ。

 元警部 また狙われるかもしれないと思い、野村被告が怖くて名前を出せなかった。

7センチのずれ

 ≪わずか7センチ。病院に搬送された元警部を診察した医師は、体内に残った弾丸と動脈との距離についてこう説明した。検察側は、銃撃が殺害を意図した行為だったと立証しようとした≫

 医師 救急救命医として元警部の意識や傷の状況を確認した。弾丸1個が体内に残り、動脈との直線距離は7センチだった。動脈が損傷した場合、大量出血につながり、数分程度で死亡する可能性があった。 (工藤会トップ裁判取材班)

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【ワードBOX】元福岡県警警部銃撃事件

 2012年4月19日朝、北九州市小倉南区の路上で、勤務先の病院に出勤するため歩いていた元警部が左太ももと腰を銃撃され、重傷を負った。元警部は11年春に退職するまで33年間、主に工藤会捜査を担当。県警は15年7月、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)などの疑いで、野村悟、田上不美夫両被告ら計18人を逮捕し、両被告を含む11人が起訴された。裁判では、実行犯ら同会系組幹部ら4人の実刑判決が確定した。

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