くずし字をAIで読む 塩田芳久

 私たちは江戸の人のように、くずし字を読めない。くずし字とは草書体の漢字や変体仮名のこと。例えば、いろはの「い」を表す字の形は一つだけではない。「い」だけでも全部覚えるのは大変だ。だが、あの曲がりくねった字を読むには勇気と根気がいる。

 昨年11月、84歳で亡くなった中野三敏・九州大名誉教授(日本近世文学)は晩年、「和本リテラシー(読解力)」の回復を訴えていた。和本とは近代文学成立以前の本。くずし字で書かれた和本を読み、理解できる力を養ってほしいと呼び掛けていた。

 なんとなれば、和本のうち活字本になったのはほんの一握り。くずし字でしか読めない本の中にも重要なものは多く、それが読めないのは文化の断絶だ、という論理である。「江戸に即して江戸を見る」という中野さんの研究姿勢につながる主張だった。

 そんな中野さんの願いをかなえてくれそうなシステムがIT分野から現れた。人工知能(AI)の画像認識技術を使った「くずし字解読ソフト」だ。AIは「い」を表す膨大なくずし字の事例を、画像として学習。他の漢字や仮名も同様に機械学習する。すると和本の文字が分からなくても、ソフトが教えてくれる。

 立命館大文学部(京都市)を訪ね、赤間亮教授らが開発した解読ソフトを実演してもらった。データベースにある和本を開き、文を読む。読めない字をマウスを使い囲うと、それが何なのか示してくれる。候補がある場合、合致する可能性が高い順に並べて表示する。赤間教授は「『すらすら読めて、くずし字への抵抗が減った』という学生は多い。ソフトに頼らず読めるようになった人もいます」。

 活字化されていない和本を読解できれば、新しい知恵や工夫を発見できる可能性が広がるだろう。一方で英文和訳にネット翻訳を使うのは「ずる」と言う人もいるように、くずし字解読はAI頼りでいいのかという声もあるだろう。英文も和本も、単に読めればいいというものではない。

 中野門下の飯倉洋一・大阪大文学部教授からこんな話を聞いた。中野さんは自身の文化勲章受章記念パーティーで、解読ソフトの解説書「アプリで学ぶくずし字」を出席者に配ったという。「和本リテラシー向上の一つのツールとして認めていただけたのでは」と同書の著者でもある飯倉教授。中野さんの進取の気性を表す逸話だ。先端技術を使って「江戸を見る」のは「可」との見解かもしれない。でも中野先生、本当にこれは「ずる」じゃないですよね? (くらし文化部編集委員)

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