首相と五輪とウイルス

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 あっという間に「自粛列島」の様相である。

 安倍晋三首相は先週、新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として、国内の各種スポーツ・文化イベントの開催を2週間中止や延期とするよう要請。さらに全国の小中学校、高校なども春休みに入るまで休校するよう求めた。

 まさに異例の措置である。安倍政権の新型コロナウイルス対策は、水際での食い止めが事実上失敗し、隔離したクルーズ船内で感染が拡大するなど後手に回ってきた。その遅れを一気に取り戻そうとして、「そこまでやるのか」と思えるほどの対策を矢継ぎ早に繰り出したように見える。

 危機管理は「大きく構えて小さくまとめる」のが基本だ。政府が遅ればせながらでも「大きく構える」のは悪いことではない。

 しかし、準備なき大号令は現場を混乱させる。イベント主催者は参加者への対応に追われ、親たちは休みになった子どもの世話をどうするか頭を抱えている。

 これまで広がり続けるウイルスに振り回されていた安倍政権。その政権が今度は国民を振り回している。

   ◇    ◇

 安倍首相が感染拡大への危機感をあらわにし、社会や経済に影響が甚大な対策に踏み込んだのは、2月24日に政府専門家会議が「これから1~2週間が急速な拡大か終息かの瀬戸際」と警告してからである。

 実はもう一つきっかけがあるのではないか。「五輪中止論」の急浮上だ。

 海外の通信社が25日、国際オリンピック委員会(IOC)の有力委員が東京五輪について「このまま事態が沈静化しなければ中止を検討する」と言及したことを報じ、波紋が広がった。

 「東京五輪の成功」を政権のレガシー(遺産)としたい安倍首相にとって「五輪中止」は悪夢だろう。安倍首相がイベント自粛を要請したのは26日、一斉休校の要請は27日である。

 もちろん動機が何であれ、感染防止対策を大掛かりに進めた方が良いのは当然だ。「動機は五輪か」などと指摘すれば、首相から「なんとかの勘繰り」と言われるかもしれない。

   ◇    ◇

 ただ、私がウイルス対策と五輪との関係を気にするのは、首相が五輪誘致のために、福島原発で漏れ続ける汚染水について「完全にアンダーコントロール(制御下にある)」と宣言したのを思い出したからだ。

 今回、政府のウイルス検査体制整備の遅れで検査数が少ないため、現時点で国内の感染者数が実態よりも少なく計上されている可能性が高い。検査を求めて応じてもらえないケースも報告されており「五輪を前に、感染者数を増やさないためではないか」と疑う声さえ上がっているほどだ。

 五輪の成功は大事でも、それがウイルス対策をゆがめてはならない。実態の過小評価など言語道断だし、逆に対策を強引に進めて国民の負担が大きくなり過ぎるのも本末転倒だろう。

 IOCの委員は五輪開催について「5月下旬が判断期限」との見解を示した。政府はそれまでに「感染終息宣言」を出したいところだろう。本当に終息してほしいものだが、五輪開催を優先するあまり、またもや実態を無視した「アンダーコントロール」を宣言しかねない気がする。それだけはやめてほしい。

 (特別論説委員・永田健)

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