平野啓一郎 「本心」 連載第173回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 僕は男が、僕を突き飛ばして見つめ返された時、急に驚いたような引き攣(つ)った表情をしたのを覚えている。

 僕は小柄で、いかにもひ弱だ。僕に彼を威嚇するような力は何もなかった。けれども、あの男は、僕の目に、何か薄気味悪いものを見て、反射的に身を仰(の)け反らせ、強張(こわば)らせたのだった。

『――みんな誤解している。……あの男の感じた不気味な感じこそが、真相だったのだ。……』

 僕は、延々と続くコメント欄をスクロールしながら見ていった。

 その中に、「この人みたいです。」というコメントと共に、僕のリアル・アバターのページのリンクが貼られているのを発見した。それにまた、長いコメントがぶら下がっている。

 恐らく、ここからジャンプしてきた世界中の人たちが、依頼ではなく、賞賛(しょうさん)の表現として、僕に電子マネーを振り込んだのだった。

「こんな、見ず知らずの人から、お金が振り込まれるなんて。……」

「ネットの“投げ銭”でしょう? 素晴らしい行いの人を見つけたら、今は“いいね”っていう評価ボタンだけじゃなくて、気持ちばかりのお金も送るから。」

 僕は、流石(さすが)に母にしては解説的すぎるその答えに鼻白んだが、敢(あ)えて訂正はしなかった。

「それは知ってるけど、……本当にこんなに集まるなんて。何のお金なの、これは?」

「あなたの存在そのものが評価されたのよ。」

 僕は、首を傾(かし)げかけたまま、小さく嘆息して、改めて自分のページから入金記録を確認した。

 一人あたりはせいぜい、一、二ドルで、サイト元のアメリカだけでなく、ちょっと見ただけでも、アンゴラ、セルビア、フランス、スウェーデン、中国、韓国、ブラジル、……と世界中からお金が振り込まれていた。ミャンマーからも、少なからぬ“投げ銭”が届いていた。

 やがて、僕は一人だけ、日本円で二百万円もの大金を入金している人を見つけて喫驚(きっきょう)した。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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