80年代の人気ラジオ“PAO~N”裏話 「はがきの字汚くて…」

西日本新聞 夕刊 山上 武雄

 1980年代、福岡で中高生を夢中にさせた深夜の人気ラジオ番組があった。KBC九州朝日放送の「PAO~N(パオ~ン) ぼくらラジオ異星人」。各コーナーのネタの面白さはもちろん、パーソナリティー沢田幸二さん(62)の軽妙なトークで絶大な支持を得た。入社40年、現在も第一線で活躍する“ラジオスター”に当時のエピソード、ラジオへの思いを聞いた。

 <名物コーナー>

 午前のテレビの情報番組「サワダデース」の司会でおなじみの沢田さんだが、深夜にラジオ番組を持っていた。「PAO~N ぼくらラジオ異星人」。入社4年目、1983年に始まった若者向け番組はたちまち火が付き、RKB毎日放送の「スマッシュ!!11」と人気を二分した。日替わりでパーソナリティーを置き、86年からは沢田さん1人。名物コーナーにリスナーは深夜耳を傾けた。

 <寛容な時代>

 好きな異性に手紙で告白するコーナー「恋の伝言板」。「キャンパス漫遊記」は水戸“黄門”に見立てた沢田さんが高校にゲリラ訪問し、その“校門”にタッチする企画。やってくることを事前に知った生徒たちが集まり、校門前で大歓迎された。「学校対抗 重箱の隅(すみ)つつき大会」は二つの学校の生徒たちが相手校の悪口を言い合う。「おまえの所の学生服はゴキブリ色たい」といった容赦ないバトルを応酬した。

 高校を突然訪れても、学校側に追い返されたこともなく、相手校の重箱の隅をつつき合っても互いの後腐れはなかったという。当時のリスナーも面白おかしく聞いていた。寛容な時代だった。

 <無手勝流で風穴>

 パーソナリティー井上サトルさんの落ち着いたトークが定評の「スマッシュ!!11」より、後発のPAO~N。「スマッシュ!!11はお化け番組。こちらは違うことをやらなければと正反対の番組をつくった。いわば無手勝流」。わざわざRKB本社前に訪れ「スマッシュ」と叫んでラケットを振ったこともあった。

 こうした人気コーナーは20代だった沢田さんをはじめ、一つ年下の番組ディレクターや大学生のスタッフたちが考え、実現させた。 「今ならコンプライアンスの問題とか、これができない忖度(そんたく)もあったかもしれないが、自分たちがしたいことが通った」。笑いの要素が濃いコーナーに布団をかぶりながら笑いころげた今のアラフィフ世代も多いはずだ。

 <恋に勉強に悩んで>

 当時投稿ははがき。しかも男が9割。それを受け取る沢田さん。「字が汚いんですよ。読むのが一苦労。汚い字で下ネタを書いていた」と笑う。一方で「その下ネタ書いているやつが、今度は(恋の伝言板で)誰々ちゃん好きですって手紙を送ってくる」。

 「いろんなくだらないことを考えながらも恋に勉強に悩んでいるんだなあ、と手に取るように分かった。二面性があった。みんな悩んでいるのは一緒。青春が凝縮された番組」。背伸びし、純粋で、迷い、悩める若いリスナーたちを「ちょっと年の離れた兄貴というスタンス」で受け止めた沢田さん。SNSがなかった時代、番組は若者たちにとって癒やしの場であり、心のよりどころだった。

 <早口で前ピン>

 この深夜番組は90年に終了し、2003年に昼のワイド番組「PAO~N」(平日午後1時~)で“復活”した。冒頭に早口でまくし立てる前ピンは売りの一つ。テレビでは話しにくい、芸能界のネタに毒を塗りたくって斬(き)っている。

 これはあの深夜枠のオープニングで始めたものだ。ネットや新聞で自ら仕込んだネタを紙にしたため、約50秒間に集約した。その毒を盛った話は引っ張らない。抗議するリスナーもない。その場限りで終える。あくまでもつかみとして引きつけるのが沢田流だ。

 「サワダデース」と「PAO~N」の生放送のはしごを続ける沢田さんは、テレビとラジオのしゃべりの違いを分析する。「テレビは僕以外の演者の方がしゃべって助けてくれる。ラジオは自分が背負わなければならない」。テレビ以上のプレッシャーを感じるが、「生理的に合うのはラジオ。自分の中では自由がある」と言い切る。

 <お笑いのプロが絶賛>

 リスナーの笑いが直接聞こえてくるわけではない。PAO~Nでは、目の前にいるディレクターやおすぎさん、松村邦洋さんらゲスト、アシスタントが自らのしゃべりにリアクションがあるかどうかが、笑いのバロメーターだ。

 一アナウンサーで、これほど破壊力のあるラジオ番組も珍しい。お笑いのプロである漫才コンビ「爆笑問題」の太田光さんにも絶賛された。深夜ラジオを持つ“同業者”太田さんからの賛辞でもある。最近ではパソコンやスマホで全国のラジオが聴けるサービスradiko(ラジコ)のおかげでファンは「北海道とか青森あたりでも聴かれている」と沢田節が日本中に広がっている。(山上武雄)

コーナー多彩

 人気コーナーはほかにもあった。身の回りに起きた心霊や不思議体験をはがきで告白する「超心理学コーナー」。オカルト雑誌「ムー」顔負けのネタで就寝前怖さのあまり、布団をかぶったり、トイレに行けず我慢を強いられたりしたリスナーがいたとか。3曲同時に流した曲名をすべて当てる「聖徳太子クイズ」は難解問題が多く、電話越しのリスナーは回答に苦慮した。

宗兄弟事件

 都市伝説「宗兄弟事件」の真相を沢田さんに問うてみた。1981年の福岡国際マラソンで中継中の出来事。折り返し地点を走っていた宗茂選手。しかし、双子で弟の猛選手と区別できず、沢田さんは「“宗兄弟”が帰ってきました」と実況したという。その噂(うわさ)について沢田さんは「ホントです」。

プロフィール

 さわだ・こうじ 1957年生まれ。山口県岩国市出身。特技は大橋巨泉のものまね、夏の甲子園大会の歴代優勝校をそらで言えること。趣味はウオーキング。KBC九州朝日放送役員待遇エグゼクティブアナウンサー。

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