村上春樹さん「もし筆を折ったら」 創作への思い、私生活を語る

 熊本地震に心を痛め支援を続けてきた作家の村上春樹さんは、熊本市で2月下旬に開かれたトークイベントで、実に文学者らしい言葉で被災者を勇気づけた。日常で触れ合ったファンとのユニークなエピソードや執筆に向かう姿勢を明かすなど気さくな素顔も垣間見せ、集まった約200人を魅了した。

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 トークにはエッセイストの吉本由美さん、写真家の都築響一さんも参加し、これまでの支援活動などが紹介された。3人は2015年6月に雑誌「CREA」の取材で熊本を訪問。16年4月に地震が発生すると、村上さんの発案で「CREA<するめ基金>熊本」を設立した。村上さんは、17年に刊行した長編小説「騎士団長殺し」で主要登場人物を阿蘇出身とするなど、熊本とのゆかりが深まっている。

 夏目漱石を愛する村上さんは、15年の取材時に漱石の旧居を訪れた縁で、被害を受けた旧居復旧のために基金から600万円の提供を決めた。

 「書く度に文体が変わる変な作家。そして、みんな面白い」

 漱石の魅力をこう語り、好きな作品として「三四郎」と「それから」を、一方、嫌いな作品として「こころ」を挙げた。「何であんなに評判がいいのか分からない。『こころ』は日本で一番売れている小説なんです」と国内屈指のベストセラー作家が解説すると、司会者に「だから嫌いなんですか?」と突っ込まれ、会場は笑いで包まれた。

 来場者から寄せられた質問の中には、被災後の不安な心情を吐露するものもあった。いまも復興の槌(つち)音が響く熊本県益城町で働く人に「一体何をすればいいのですか」と問われると、実家があった兵庫県芦屋市が被災した阪神・淡路大震災での思い出を語った。

 村上さんは、震災からしばらくして帰った芦屋は「僕が覚えている街じゃなかった」と無常感を抱いた。しかし、それはしょうがないこと、受け入れていくしかないことだと考え直したともいう。

 街が元通りにならなくても「逆に変わったことをばねにして、新しい価値観をつくるしかない」。独特の表現でエールを送った。

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 近年、ラジオのディスクジョッキーをつとめるなどメディアへの露出は一時期よりは増えたものの、プライベートは謎が多い村上さん。街で出会った読者との交流も紹介した。

 ある日、東京で電車に乗っていると、向かいに座りじっと見つめてきた「すごくきれいな若い女性」が近づいてきて、「村上さんですか? ファンなんです」と声を掛けられた。世の中いいことがあるものだと思っていると、彼女に「一番最初の小説が好きなんです。それから段々ひどくなっている」と批評されてしまったという。

 朝のラッシュアワーの山手線では、すぐそばで向き合った若い男性に「村上さんですか?」と質(ただ)された。「そうです」と返したものの、身動きが取れないほど混雑していた車内でそれ以上会話が続かず、気まずさも手伝ってか目的の駅の手前で降り、遅刻してしまった。

 新作が毎回大きな話題となる村上さんは、「依頼されて書くことはない」と執筆スタイルにも言及。「書きたくなったら書きたいことを書きたいように書きたいだけ時間をかけて書く」ため、書きたいことがなくなれば「書かないと思う」とも述べた。もし筆を折ったら、東京にジャズバーを開き悠々と暮らしたいという。店名は「スメルジャコフ」で、「カラマーゾフの兄弟」の重要な登場人物と同名。村上さんは「おつまみに、するめとじゃこと麩(ふ)を出すんです」と冗談めかし、終始会場を和ませていた。

 トークの最後では、熊本の印象を「本屋さんが元気のある街」だと語った。豊かな関係が育まれつつあるこの地から刺激を受け、村上さんは新たな物語を生み出すのかもしれない。

 (藤原賢吾)

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