【厚底シューズから考える】 鯉川なつえさん

西日本新聞 オピニオン面

◆スポーツはサイエンス

 この時期、全国で多くのロードレースが開催されている。私も仕事柄、毎週どこかのレースに顔を出しているのだが、右も左も厚底シューズだ。ランニングエコノミー(走りの効率性)の向上が明らかとなっている、このシューズ。話題性も相まって、トップランナーさながらにどれだけタイムを短縮できるのか、試してみたい好奇心旺盛な幅広い層のランナーの心をわしづかみにしている。

 世界陸連は1月末、新ルールを発表した。靴底の厚さは4センチ以下、反発性を高める埋め込みのプレートは1枚までで、4カ月以上市販されたシューズであれば使用できる。これには私も安堵(あんど)した。仮に禁止されていたら、スポーツ科学を否定することになるからだ。

 スポーツ科学は何のためにあるのか? 答えは簡単、「無駄を省くため」である。私が小中学生だった昭和の時代、運動中に水を飲むな、投手は肩を冷やすな、うさぎ跳びで足腰を鍛えろ、試合前の食事はカツ丼がいい、などと教わった。おそらく、声の大きい誰かが実行し、たまたま成功した事例がまことしやかに広まったのだろう。

 無論、今では運動時にはこまめに水分補給をし、投手は投球後直ちにアイシングを施し、うさぎ跳びは膝への悪影響が指摘され、試合前の食事は消化の良い炭水化物が推奨されている。競技力向上とアスリートの健康を守るために、先人の経験を考証し、科学的エビデンス(根拠)を積み重ねて導き出された知見であり、万人に当てはまる「再現性」の高いスポーツ科学といえよう。

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 では、コーチングはどうだろう。2000年シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子さんを指導した故小出義雄氏は、高橋さんに標高3500メートルの超高地で月間1300キロを走破させた。壮絶なトレーニングは、強靱(きょうじん)な肉体と精神力を持った高橋さんだからこそできた特別なトレーニングであり、誰にでもできるとは言い難い。とはいえ、アスリートの特性を見抜き、職人技でトレーニングを考案した妙もまた、「個別性」を重視したトレーニング科学なのである。

 スポーツ科学は、アスリートだけに恩恵があるわけではない。超高齢社会が進む中、問題となっているメタボリック症候群(内臓脂肪症候群)や、骨や筋肉などの衰えから運動機能が低下するロコモティブシンドローム(運動器症候群)は運動が予防・治療法となる。運動療法は、医学とスポーツ科学の融合によって進歩することを考えると、「人生100年時代」を支える大きな柱といっても過言ではない。

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 スポーツ科学の世界に身を置く私は、常に心掛けていることがある。それは先入観にとらわれないことと、常識を疑ってみること。遊び心は新しい発想につながり、科学への第一歩になるからだ。これまで誰もが信じていた「薄いシューズの方が速く走れる」という先入観や常識が覆ったように。

 最新のテクノロジーが限界を突破させ、機能的なサプリメントで疲労回復が促進される時代。「自分の時代にこんなに素晴らしいアイテムがあったらもっと活躍できたのに」と悔しがっているあなた。もう気合と根性、そして過去の経験だけでスポーツを説明することはできない。競技力の向上は、アスリートの日々の鍛錬とスポーツ科学の進歩によってもたらされている。8日、東京五輪の男女マラソン代表が出そろった。足元ばかり見るのはやめて、スポーツ科学を存分に活用しているアスリートたちの真剣勝負に目を向けよう。

 【略歴】1972年、福岡市生まれ。筑紫女学園高-順天堂大卒。陸上選手として活躍。2001年、同大陸上部女子監督。同大スポーツ健康科学部准教授を経て19年から現職。14年から同大女性スポーツ研究センター副センター長。

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