浪江に帰りたくても… 障害や持病「居場所どこに」 震災から9年

西日本新聞 一面 御厨 尚陽

 東日本大震災の発生から11日で9年。東京電力福島第1原発事故の影響で、福島県の7市町村では今も避難指示が続く。原発から最短4キロに位置する浪江町は、2017年3月に避難指示が解除された2割のエリアを「復興の核」として街づくりを進めている。課題は弱者にとって必要な生活基盤施設の不足。障害や持病のある人たちが暮らすために欠かせない病院や作業所は整っておらず、九州に避難する町民も「帰ろうにも帰れない」と訴える。

 「幻が見えて眠れない」。避難先の同県二本松市から18年5月、浪江町に帰郷した精神障害者の60代女性は昨年夏、いてもたってもいられず町に隣接する同県南相馬市のクリニックに電話した。町内の医療施設は町営診療所1カ所しかなく、常勤医師は1人で、内科と外科しか対応できないからだ。

 町内には障害者が働ける場もなく、飲食店でアルバイトをした初日にパニックを起こし、そのまま辞めた。やむなく約70キロ離れたNPO法人「コーヒータイム」(二本松市)の作業所に片道1時間半かけて車で通っており、「古里に戻れてうれしい半面、不便なことは多い」とこぼす。

 震災前まで町には病院や診療所が計15カ所、介護施設が3カ所、障害者就労施設が3カ所あった。今は医療機関や障害者就労施設が不足しているだけでなく、介護サービスも社会福祉協議会の訪問介護しかない。

 九州に避難する町民からも「心臓の持病が心配で帰れない。発作が起きたら、どこが診てくれるのか」(70代男性)、「知的障害のある子どもが将来働ける場がない」(子育て世代の母親)との声が聞かれる。町の職員は「住民が少なく、民間業者は開業しにくい。町の財政も厳しく、対応には限界がある」と話す。

 町の人口は1月末現在、1227人。九州に62人が、全国に2万262人が避難している。町が昨年10月に町民3491世帯に行った住民意向調査では、「町には戻らない」が54%、「判断がつかない」が26%。「戻りたい」は11%。帰郷のタイミングを判断する条件を尋ねると、59%が「医療・介護などが整うこと」を挙げ、最も多かった。

 障害者が働ける場をつくろうと、同法人は原発事故が起きるまで拠点を置いていた同町に来年秋以降、喫茶店をオープンできないか検討している。運営費の確保が課題で、橋本由利子理事長(66)は「障害者にとって安心して働ける居場所は大切だ」と話す。

 九州にも支援者がおり、NPO法人「つなぎteおおむた」はコーヒータイムの作業所で製作されたボールペンを福岡県大牟田市の事務所で販売し、購入者には必ず同町の現状を説明している。弥永恵理理事長(59)は言う。「避難指示が解除されたからといって、避難者はすぐに帰れるわけではない。九州の人にも被災地の現実を知って、関心を持ってほしい」 (御厨尚陽)

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