「命の水」をひく中村哲先生の物語 砂漠を緑にかえたお医者さん(2)

西日本新聞 こども面

大好 (だいす) きなチョウが () たい」 パキスタンへ山登 (やまのぼ) り (31 (さい)

 中村 (なかむら) (てつ) 先生 (せんせい) (ちい) さいころから昆虫 (こんちゅう) (やま) 大好 (だいす) きでした。チョウが () られると (おも) い、31 (さい) のときにアフガニスタンとパキスタンという (くに) (あいだ) にある (たか) (やま) (のぼ) りに () きました。とても (うつく) しい (やま) だったので、どちらの (くに) のことも () きになっていきました。
 

紙面 (しめん) 中村哲 (なかむらてつ) 先生 (せんせい) 物語 (ものがたり) (2)はこちら


 福岡 (ふくおか) (けん) 病院 (びょういん) (はたら) いていたとき、パキスタンでお医者 (いしゃ) さんを (さが) していると () りました。「あそこで (はたら) いてみたい」と (おも) い、1984 (ねん) にペシャワルという (まち) 病院 (びょういん) 仕事 (しごと) (はじ) めました。37 (さい) のときです。

 その病院 (びょういん) にはちゃんとした道具 (どうぐ) がありませんでした。ピンセットはねじれ、こわれた聴診 (ちょうしん) () (みみ) にはめるとけがをしました。しょっちゅう停電 (ていでん) がおきるので、懐中電灯 (かいちゅうでんとう) () らして手術 (しゅじゅつ) をしたこともあります。患者 (かんじゃ) さんはおんぶして (はこ) びました。福岡 (ふくおか) (けん) 病院 (びょういん) とはずいぶんとちがいました。

「だれも () かないから、 (わたし) たちが」 アフガンに病院 (びょういん)  (45 (さい)

 パキスタンのとなりにアフガニスタンという (くに) があります。戦争 (せんそう) () きていたこの (くに) からは、 (やま) () えてパキスタンに () げてくる (ひと) がたくさんいました。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) がパキスタンにあるペシャワルの病院 (びょういん) 手当 (てあ) てする患者 (かんじゃ) さんも半分 (はんぶん) はアフガニスタンの (ひと) でした。

 アフガニスタンの山奥 (やまおく) にある (むら) では、お医者 (いしゃ) さんがいなくて (こま) っている (ひと) がたくさんいました。1991 (ねん) 、45 (さい) のときに中村 (なかむら) 先生 (せんせい) はアフガニスタンのダラエヌールにお医者 (いしゃ) さんたちと協力 (きょうりょく) して病院 (びょういん) () てました。

 山奥 (やまおく) はお医者 (いしゃ) さんたちが () んでいた都会 (とかい) とは言葉 (ことば) 文化 (ぶんか) もちがいます。ここで (はたら) くことをあきらめようとする (ひと) もいました。そのとき中村 (なかむら) 先生 (せんせい) は「だれも () かないから、 (わたし) たちが () くのです」と () いました。

 やがて、 (むら) (ひと) たちは病院 (びょういん) のおかげで病気 (びょうき) になっても安心 (あんしん) してくらせるようになりました。都会 (とかい) から () たお医者 (いしゃ) さんたちも (むら) (ひと) 仲良 (なかよ) くなりました。

(だい) (かん) ばつの (なか) 手当 (てあ) て (53 (さい) ) 「 (あか) ちゃんが () んでしまう」

 中村 (なかむら) 先生 (せんせい) が53 (さい) のとき、戦争 (せんそう) (くる) しんでいたアフガニスタンで、また大変 (たいへん) なことが () こりました。 (みず) () りなくなり、大地 (だいち) がからからにかわいてしまったのです。2000 (ねん) (はる) (だい) (かん) ばつです。

  (はたけ) (おお) きな (いわ) (ころ) がるかわいた砂漠 (さばく) になり、野菜 (やさい) 小麦 (こむぎ) などの () (もの) がとれなくなりました。 (みず) () (もの) もないので、たくさんの (ひと) 難民 (なんみん) となってふるさとを () ていきました。 (ひと) がいなくなり、 (むら) () えました。

 のどがかわいた () どもたちは、 () からびた (かわ) にときどき (なが) れる泥水 (どろみず) () んでおなかをこわしました。 () (もの) がないので (からだ) (よわ) っていきました。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) (よわ) った (あか) ちゃんをたくさん手当 (てあ) てしました。 (とお) くから (なん) (にち) もかけて病院 (びょういん) () いたのに、お (かあ) さんにだっこされて順番 (じゅんばん) () っている (あいだ) () んでしまう () もいました。 () (もの) ときれいな (みず) があれば (たす) かる (いのち) ばかりでした。

■PMSとペシャワール (かい)

「PMS(平和 (へいわ) 医療 (いりょう) (だん) 日本 (にっぽん) )」は、中村 (なかむら) (てつ) 先生 (せんせい) (そう) 院長 (いんちょう) をつとめた () 政府 (せいふ) 組織 (そしき) (NGO)です。アフガニスタンで用水路 (ようすいろ) 工事 (こうじ) をし、農場 (のうじょう) 野菜 (やさい) やくだものを (そだ) てています。PMSは「Peace Japan Medical Services」を (みじか) くした () () です。その活動 (かつどう) は「ペシャワール (かい) 」という団体 (だんたい) によって (ささ) えられています。ペシャワール (かい) はパキスタンの病院 (びょういん) (はたら) くことになった中村 (なかむら) 先生 (せんせい) 活動 (かつどう) 応援 (おうえん) するために1983 (ねん) につくられました。事務所 (じむしょ) 福岡 (ふくおか) () にあります。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) 現地 (げんち) 代表 (だいひょう) でもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ルビ協力:アルファサード株式会社



特別 (とくべつ) サイトに () ども () けページ

 西日本新聞 (にしにっぽんしんぶん) の「中村 (なかむら) (てつ) 医師 (いし) 特別 (とくべつ) サイト」の () ども () けページができました。アフガニスタンの () どもたちの写真 (しゃしん) などを () ることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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