恐怖心から差別へ…歴史が教える感染症の恐ろしさ

西日本新聞 文化面

 中国で謎の肺炎が流行しているとの話を最初にSNSで見かけたのは、昨年の大みそかだった。私は医学は専門外の歴史小説家であるが、三年前、奈良時代の天然痘パンデミックを描いた『火定(かじょう)』を上梓(じょうし)して以来、感染症の流行には敏感になっている。真偽はともかく、市場で複数の症例が出ているとの情報に嫌な予感を覚えた。

 天然痘、赤痢、インフルエンザ……日本人が古くから流行(はやり)病に苦しめられてきたことは、歴史書をひも解けば簡単に分かる。近代医学のおかげで、第二次世界大戦以降、爆発的な感染症流行は激減したが、これはあくまでこの百年足らずの話。さかのぼれば聖徳太子の時代から、人は長く感染症と戦い続けてきたのだ。

 ところで現在感染拡大中の新型コロナウイルスに伴う疾患は、WHOによって「COVID-19」と命名されている。このように病気に名称をつけることは江戸時代にも行われ、たとえば天明四年(一七八四)に流行したインフルエンザは「谷風」、享和二年(一八〇二)に流行ったそれは「アンポン風」と仇名(あだな)されている。このうち谷風は当時、「自分を倒せるのは風邪ぐらいだ」と豪語していた大人気横綱・谷風梶之助がいち早く寝込んだことから、またアンポン風はアンポンという名の漂流民が日本に持ち込んだとの噂にちなむ名称。その他、江戸時代のインフルエンザの仇名には「琉球風」「薩摩風」「アメリカ風」などがあるが、概観するとその病の発生源にちなむ命名が多い。

 なにせワクチンも抗生物質もなかった時代において、インフルエンザは死亡率の高い恐ろしい流行病。それだけに、病をもたらした人物や始まった場所が気になるのは人情だろう。しかし病気を固定した場所・地域に結び付けることはすなわち、特定の人種や地域への差別に直結する。

 今回の新型コロナウイルス感染拡大に関しては、すでに日本国内で中国人への差別例が散見される一方で、世界的にはアジア人差別が発生している。ウイルスは人種や国籍を区別しない。だが人は未知の病への恐怖心ゆえに、分かりやすい差別を用いて他者を排斥し、あるいは流言飛語に振り回される。

 正暦五年(九九四)、都で天然痘が大流行した際には、とある井戸の水が病気に効果があると噂(うわさ)され、老若男女がこぞって集まった。「水渇きて泥深く、尋常には用いざる」井戸と記録にあるので、ほとんど泥水のようなものだったのだろう。どう考えても腹を壊しそうなものにすがるほど、人から理知的な判断を失わせてしまうのが、病気の最大の恐ろしさかもしれない。

 拙著『火定』において、人々は天然痘への恐怖のあまり、それをもたらしたと噂される外国人を排斥し、遂(つい)には暴動を起こす。私はその光景を、まったくのフィクションとして描いた。それは人が本質において、かほどに愚かではないと信じたいと思えばこそだ。刻々と状況が変化する日々であればこそなお、せめて心だけは冷静でありたい。(寄稿・澤田瞳子)

 さわだ・とうこ 1977年京都府生まれ。同志社大大学院博士前期課程修了。2011年デビュー作「孤鷹の天」で中山義秀文学賞を最年少受賞。「満つる月の如し--仏師・定朝」で新田次郎文学賞。「若冲」で親鸞賞など。「火定」などで3度の直木賞候補。

PR

文化 アクセスランキング

PR

注目のテーマ