「命の水」をひく中村哲先生の物語 砂漠を緑にかえたお医者さん(3)「百の診療所よりも一本の用水路」

西日本新聞 こども面

井戸 (いど) をほって () (すい) に 「それでも () りない」 (53 (さい) ) 

  (みず) () りなくなり、 () (もの) もないアフガニスタンでは、 (からだ) (よわ) って病院 (びょういん) () (ひと) がどんどん () えていました。「 (くすり) 病気 (びょうき) (なお) (まえ) (みず) がいる」。そう (かんが) えた中村哲 (なかむらてつ) 先生 (せんせい) 井戸 (いど) をほることにしました。とても (ふか) (あな) をほって地面 (じめん) (した) にある (みず) をくみあげるのです。53 (さい) のときでした。

紙面 (しめん) 中村哲 (なかむらてつ) 先生 (せんせい) 物語 (ものがたり) (3)はこちら

  () (もの) (みず) もなく (こま) っていたアフガニスタンの (ひと) たちは、よろこんで井戸 (いど) ほりに協力 (きょうりょく) しました。2000 (ねん) からあちこちの (むら) に1600 (ほん) もの井戸 (いど) をほりました。

 なんとか () (みず) () (はい) るようになったけれど、それでも (はたけ) 野菜 (やさい) にあげる (みず) はまだまだ () りませんでした。アフガニスタンの (ひと) たちは、自分 (じぶん) () べるものは自分 (じぶん) (はたけ) (そだ) てます。人々 (ひとびと) (はたけ) 仕事 (しごと) ができないのでまだ (こま) っていました。

 そこで、中村 (なかむら) 先生 (せんせい) はある (おお) きな計画 (けいかく) (はじ) めることにしました。

(かわ) (みず) (むら) 々に、 (だい) 計画 (けいかく) スタート 「設計 (せっけい) () 自分 (じぶん) でかく」 (56 (さい)  

  () てた計画 (けいかく) は、 (かわ) (みず) (むら) 々にとどける (みず) (とお) (みち) 用水路 (ようすいろ) 」をつくることでした。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) がいたアフガニスタンの東側 (ひがしがわ) にはクナール (がわ) というとても (おお) きな (かわ) があります。2003 (ねん) 、56 (さい) 中村 (なかむら) 先生 (せんせい) はこの (かわ) (みず) (なが) 用水路 (ようすいろ) をつくることにチャレンジしたのです。

 中村 (なかむら) 先生 (せんせい) は「 (みどり) 大地 (だいち) 計画 (けいかく) 」と名前 (なまえ) をつけました。 () からびた茶色 (ちゃいろ) 大地 (だいち) (むかし) のように () (はな) 野菜 (やさい) (みどり) いっぱいにするのです。

 けれども中村 (なかむら) 先生 (せんせい) はお医者 (いしゃ) さん。用水路 (ようすいろ) などつくったことはありません。設計 (せっけい) () をかいて工事 (こうじ) をするためにはむずかしい計算 (けいさん) もしなくてはいけません。

 中村 (なかむら) 先生 (せんせい) は、自分 (じぶん) 高校生 (こうこうせい) (むすめ) がつかっていた教科書 (きょうかしょ) () りて苦手 (にがて) 数学 (すうがく) をいっしょうけんめい勉強 (べんきょう) することから (はじ) めたのです。

 気温 (きおん) が50 () () えることもある砂漠 (さばく) での工事 (こうじ) です。「 (ひゃく) 診療 (しんりょう) (しょ) よりも (いち) (ほん) 用水路 (ようすいろ) 」。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) たちはこれを合言葉 (あいことば) 用水路 (ようすいろ) づくりに (あせ) (なが) しました。

7 (ねん) かけて完成 (かんせい)  「名前 (なまえ) はマルワリード(真珠 (しんじゅ) )」 (63 (さい)

 用水路 (ようすいろ) をつくるには材料 (ざいりょう) 道具 (どうぐ) () うお (かね) がかかります。ありがたいことに日本 (にっぽん) では、「アフガニスタンの (ひと) (たす) けたい」と (おも) (ひと) たちがペシャワール (かい) (とお) してたくさんお (かね) (おく) ってくれていました。

 お (かね) ばかりではありません。日本 (にっぽん) (わか) (ひと) たちが工事 (こうじ) 手伝 (てつだ) おうとアフガニスタンにやってきました。

  (みず) がないために (むら) (はな) れていた (ひと) たちも「 (みず) がくる」といううわさを () きつけて (かえ) ってきました。

  () きていくためのお (かね) をかせぐために兵隊 (へいたい) 仕事 (しごと) をしていた (ひと) もよろこんで (じゅう) () て、シャベルを () って工事 (こうじ) 協力 (きょうりょく) しました。500 (にん) もの (ひと) (はたら) () もありました。

 あちこちから (あつ) めた (いし) () (かさ) ねて、用水路 (ようすいろ) をつくりました。シャベルで地面 (じめん) をほり、 (おお) きな (いわ) があれば機械 (きかい) でけずりました。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) もショベルカーを運転 (うんてん) しました。

 2010 (ねん) 、7 (ねん) かけてようやく1 (ほん) 用水路 (ようすいろ) 完成 (かんせい) しました。名前 (なまえ) は「マルワリード」。地元 (じもと) 言葉 (ことば) で「真珠 (しんじゅ) 」という意味 (いみ) です。中村 (なかむら) 先生 (せんせい) は63 (さい) になっていました。

特別 (とくべつ) サイトに () ども () けページ

 西日本新聞 (にしにっぽんしんぶん) の「中村哲 (なかむらてつ) 医師 (いし) 特別 (とくべつ) サイト」の () ども () けページができました。アフガニスタンの () どもたちの写真 (しゃしん) などを () ることができます

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