「カッコいい」は意外と深い

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 「カッコいい!」

 何と甘美な響きの言葉だろうか。周囲から、いや、できるだけ多くの人からそう言われたい。そのために、私は人生においてさまざまな努力をしてきた。

 ある時はギターを練習し、ある時は高額の服を買った。しかしいずれの努力も効果を上げたとは言い難い。「カッコいい」と言われることは見果てぬ夢となりつつあるが、私だけでなくほとんどの人(特に男)が似たような無駄の多い努力を続けているのではないか。

 しかし、そこまで人々を駆り立てる「カッコいい」とはどういう概念なのか。なぜこれほどの影響力を持つのか。そんな問題意識を抱いて470ページもの本を書いた人がいる。北九州市出身の芥川賞作家、平野啓一郎さん(44)である。

 昨年7月出版された「『カッコいい』とは何か」(講談社現代新書)の冒頭部分で、平野さんはこう言い切っている。「『カッコいい』という価値観と無関係に生きている人間は、今日、一人もいない」

 教えを請わねば、と平野さんに直接聞いた。

   ◇    ◇

 -「カッコいい」の持つパワーとは?

 「人間は自分が『カッコいい』と思う対象のために、時間とお金を膨大に費やします。このため『カッコいい』は20世紀後半の政治と経済に大きな力を持ってきました」

 「『カッコいい』とは理屈抜きに体で感じるもの。だから未経験のものと接した時もその価値を素直に受け入れることができます。それ故に『カッコいい』に触れた人々を強く巻き込んでいく力があります」

 平野さんは、ミュージシャンに憧れて音楽を始めるようなケースを、「カッコいい」の持つポジティブな力だと指摘している。

 -では、負のパワーもあるということですか?

 「カッコいいと感じたものへの同化願望を悪用するケースです。ギャングなどの反社会的勢力や差別主義者がカッコよく見えることによって若者を引きつけていくのはまずい。ナチスの制服を『カッコいい』と言っていいのでしょうか? 『カッコいい』にも倫理性が求められるのです」

 「カッコいい」を巡る考察もここまでくるとかなり深い。その動員力が大きいだけに、「カッコいい」の政治利用には警戒が必要なのである。

   ◇    ◇

 残念ながら、平野さんは著作の1行目に「本書は、『カッコいい』男、『カッコいい』女になるための具体的な指南書ではない」と断り書きをしている。

 しかしヒントはあった。

 -平野さんにとって、どんな行為がカッコいい?

 「そうですねー。困ってる人に親切にするとか、タクシーとかコンビニで働いている人に礼儀正しく接するとか、日常の中で人生のお手本になるような行為かもしれませんね」

 なるほど。旧態依然の独善的な「男らしさ」の追求が「勘違い」に見えてしまう昨今、そのあたりが最もシンプルな「カッコいい」かもしれない。私にも実践可能だし、お金がかからないところもいい。

 最後にリクエストした。「次作のテーマは『モテるとは何か』にしませんか」

 「いやあ、それには今あまり興味がないですね」と平野さんは苦笑した。

 (特別論説委員・永田健)

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