水俣病高裁判決 司法救済の門を閉ざすな

西日本新聞 オピニオン面

 「公害の原点」とされる水俣病の被害者救済のため積み上げられてきた歴史を、振り出しに戻すような判決ではないか。

 胎児、幼児期にメチル水銀の汚染被害を受けたとして、未認定患者8人が国と熊本県、原因企業チッソに賠償を求めた訴訟の控訴審判決である。福岡高裁は原告全員の請求を退けた。

 8人のうち一審熊本地裁が水俣病と認めた3人の勝訴まで取り消した。原告や支援者の間では「史上最悪の判決」との受け止めも広がる。無理もない。

 8人は水俣病の典型症状である手足のしびれがあり、水俣病研究の第一人者、故原田正純医師に水俣病と診断された。

 一審勝訴の3人に含まれる佐藤英樹さん(65)は、熊本県水俣市の漁港近くで生まれ、魚介類を食べて育った。両親が認定患者で、へその緒の水銀値は高く、幼少期からめまいやこむら返りに苦しんだという。

 高裁判決は、佐藤さんら3人について「胎児期と乳幼児期に高濃度のメチル水銀に曝露(ばくろ)した」とは認めたものの、各種症状との関係は「必ずしも明らかでない」と切り捨て、水俣病とは言えないと結論付けた。残る5人は曝露すら認めなかった。

 そもそも水俣病の問題で、被害を訴える側に医学的に厳密な立証を求めるのは酷である。時間が経過して客観的な証拠の少ない、今回の8人のような「第2世代」はなおさらだ。

 その点を踏まえ、一審判決は同居家族に行政認定患者がいるかどうかを一つの判断基準とした。ところが高裁判決は「他の疾患が認められれば水俣病である可能性を減殺する」という論理で、救済の門を閉ざしてしまった。水俣病と認めない結論が先にあるかのような論理だ。

 水俣病の病像については国が狭く捉え、司法がそれを見直すという経過を繰り返してきた。2004年の最高裁判決は、国が認定要件とする複数の症状がなくても水俣病と認める画期的なものだ。「疑わしきは救済する」との流れを支えている。

 今回敗訴した8人は上告の方針だ。福岡高裁判決に対する最高裁の判断には注目したい。

 最終解決をうたった水俣病被害者救済法の成立(09年)から10年を超える。認定患者は2千人余にとどまり、2度の政治決着により未認定患者4万人以上を被害者と認めて一時金などを支給してきた。そうした救済の網からも漏れ、今なお多くの人が司法に救いを求めている現実を重く見なければならない。

 全面解決には、水俣湾沿岸全域での健康被害調査などが不可欠だ。国は今回の判決を盾に、埋もれた被害者の全面救済に背を向けてはならない。

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