「おらび石」に説明板 うきは市の日吉神社

西日本新聞 筑後版 糸山 信

 平安時代に荘園が開墾された福岡県うきは市浮羽町山北に、当時の工事責任者が号令をかけるために上ったとされる「おらび石」がある。近くの水田から日吉神社境内に移されたその石の近くにこのほど、市教委が監修した説明板が立てられた。約千年に渡って語り継がれてきた伝承が掘り起こされ、住民は「これで地域の歴史が後世に伝わる」と歓迎している。

 荘園は律令(りつりょう)国家形成後にできた貴族や寺社による私有地で、旧浮羽町には山北地区のほか隈上、大石地区にあった。山北荘を所有していたのは宇佐八幡宮(大分県)で、市教委文化財保護係によると、約千年前の平安中期ごろに堤や水路が整備されたという。

 「おらび石」は高さ約1・8メートル、横幅約1・2メートルの花こう岩で推定重量は約6トン。名称は大声で叫ぶことなどを指す方言の「哭(おら)ぶ」に由来する。現在地の日吉神社境内から東に約500メートル離れた水田の中にあり、山北地区で古くから農業が栄えてきたことの証しとされてきた。

 水田の一部が近くを流れる赤尾川の改修工事区域にかかったことから、昨年4月に神社境内に移設された。石の向きが縦長から横長に変わってしまったが、上には立ちやすくなったという。視界も開けており、水田などを広く見渡すことができる。

 地元で15代続く農家で土地を所有する吉瀬雅卿(まさと)さん(83)は「のどかな田舎の風景は、山北荘の名残も感じられる。当時の“現場監督”の目線で歴史に思いをはせてほしい」と話した。 (糸山信)

福岡県の天気予報

PR

福岡 アクセスランキング

PR

注目のテーマ