平野啓一郎 「本心」 連載第186回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 僕は、しばらく歩き回ったあとの心地良い疲労感を、取(と)り分(わ)け、両足に感じていたが、そういった感覚を、言葉で彼と共有すべきかどうか思い迷い、結局、慎むことにした。

 誰もが、なにがしかの欠落を、それと「実質的に同じ」もので埋め合わせながら生きている。その時に、どうしてそれはニセモノなんだ、などと傲慢(ごうまん)にも言うべきだろうか。<母>だって、……

 

 風に乗せて微(かす)かに飛沫(しぶき)で頬を濡(ぬ)らす大噴水を眺めた。それから、まだ見残した場所があっただろうかと、色とりどりの遊具が設置された一画を通りかかると、イフィーは、そこに立ち寄ってほしいと言った。

 平日の日中ということもあり、公園はどこも閑散としていて、時折、散歩中の高齢者を見かける程度だったが、ここにはさすがに、就学前らしい子供の姿もちらほら見えた。

「あの大きなすべり台、ちょっと滑ってもらっていいですか?」

「はい。……」

 僕は多少、人目を憚(はばか)る気持ちもあったが、指示通りにその短い階段を上って、滑ってみせた。二十年ぶりくらいの感覚だった。

「ワァ、臨場感あるなあ。もう一回!」

「はい。」

 結局僕は、五回もすべり台を滑り、その後、吊(つ)り輪にぶら下がったり、登り棒に登ったりと、一通りの遊具で遊び、最後にブランコに落ち着いた。

 ベビーカーを押す母親は、警戒するような、怪訝(けげん)な目で僕を見ていた。僕は、イフィーをその眼差(まなざ)しから守るために、敢(あ)えて見ないようにしていた。

 そしてずっと、彼の<あの時、もし跳べたなら>というハンドルネームのことを考えていた。

 ブランコをこぎ始めると、イフィーが口を開いた。

「公園に来たの、本当に久しぶりです。交通事故に遭ってから、……みんなが生活を助けてくれたけど、走り回って、すべり台を駆け上っては降りて、鬼ごっこしたりすることはもう出来なくなってしまったから。……なんか、事故前の子供の頃の自分に戻った気がするな。……」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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