ハワイ島(米国)上 日系移民の足跡たどり

西日本新聞 夕刊 山上 武雄

 ハワイ諸島の中で最大の面積を誇るハワイ島。日本人にとってその知名度はオアフやマウイの両島に比べて高くないが、行ってみれば歴史あり、絶景あり、うまい食事とビールありの魅力いっぱいの宝石箱。「ビッグアイランド」で4泊6日の旅を堪能した。

 訪れたのは昨年12月。島西部にあるエリソン・オニヅカ・コナ国際空港の午前10時の気温は25度。太陽がまぶしい。でも汗も出ず、からっとして過ごしやすい。

 ハワイ州観光局のPRマネジャーでコーディネーターの石割彩子さん、案内役のケンさんと空港で合流。四国の半分の面積があるハワイ島について、「島を時計に見立てたらわかりやすいですよ」と、ケンさんがアドバイスしてくれた。コナ国際空港は10時ごろの位置。これから向かう「コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファーム」は8時あたりだ。

 一帯で生産されるコナコーヒーはキリマンジャロ、ブルーマウンテンとともに世界三大コーヒーと呼ばれ、酸味と甘みのバランスが良く香り豊か。その発展に寄与したのが、1900年代に入植したダイサク・ウチダさん。ファームでは、ウチダさんが住んでいた母屋や作業場が保存公開され、当時の暮らしとコナコーヒーの歴史を今に伝える。

 コナコーヒーは各国からやってきた移民が生産していたが、過酷な労働にギブアップ。それに耐えたのが、日本からの移民だった。熊本出身のウチダ夫妻ら日本からの移民の苦労を伝えるのは、70代の日系人ポーリン・ニシダ・ミラーさん。幼少時代は親のコーヒー栽培を手伝った。「とにかく休みがなかった。私たち子どももかり出された」

 ファームの庭には豆の皮むきや焙煎(ばいせん)の機械が並ぶ。家に入るとかまどやおひつが残っていた。質素な暮らしぶり。神棚や仏壇があり、若いころの昭和天皇の写真も掲げられていた。移民のほとんどは家督を継ぐ長男ではなく、次男や三男…。帰る場所がない。故郷にも。だから意地がある。

 「同級生のオニヅカさんも一生懸命親の手伝いをしていました」。エリソン・オニヅカ。福岡県うきは市出身の祖父母を持つ日系3世は、米空軍在籍中に宇宙飛行士に選ばれた。しかし、1986年のスペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故で6人の飛行士とともに亡くなった。

 「爆発の映像は今も記憶に残っている。本当に悲しかった」とニシダさん。寸暇を惜しまず働き、ハワイでの生活を築いた日系移民にとって彼は出世頭。希望の星だった。「苦労をともにした友人。日系人のヒーローなのです」

 ハワイの英雄でもあるオニヅカさんの名は空港の名前になった。ハワイ島の東西を結ぶ高速道路は、日系人初の上院議員で父が福岡県出身の故ダニエル・イノウエ氏にちなんで「ダニエル・イノウエ・ハイウエー」と命名された。極東からやってきた移民たちの多大な功績が感じられる。

      ◇

 次は「てしまレストラン」へ。地元でも評判のこの店は広島からの移民がルーツだそうだ。オムライスが有名で、溶いた卵の色が薄いのが特徴だ。味はシンプル。量が多い。みそ汁も付いて14・5ドル。ビールが飲みたくなります。昼間だっていいじゃないか。お天道さまが許してくれる。上司もいないじゃないか。からっとした空気のせいか、うまい。すっかりおのぼせさん。飲んだ、飲んだ…。

 2日目。二日酔いも軽く、早朝、ホテルを出発した。ハワイといえば、彼を忘れてはいかんでしょう。1810年にハワイ諸島を初めて統一したカメハメハ大王。彼にまつわる史跡や肖像画もたくさん残っている。次回はそのキングゆかりの場所へ。12時の方向だ。(山上武雄)

【メモ】ハワイ島エリソン・オニヅカ・コナ国際空港へは成田、羽田両空港から直行便がある。所要時間は8~9時間。福岡からはオアフ島のホノルル空港経由で乗り継いで行ける。

PR

くらし アクセスランキング

PR

注目のテーマ