アイドル編<455>桑田靖子(上)

西日本新聞 夕刊 田代 俊一郎

 福岡県直方市のJR直方駅前には商店街が広がり、今でも伝統の五日市が開催されている。かつて石炭産業の集積地としてにぎわい、特に五日市の日には人の波だった。その通りの一つ、古町商店街には特設舞台が設置され、イベントののど自慢大会が開かれた。1974年ごろの大会に出場し、優勝したのは感田小1年生の女の子。桑田靖子が歌に目覚めた瞬間だった。 

 「祖母から『歌がうまいから出てみて』と言われて演歌を歌いましたが、優勝の商品を祖母が喜んでいる姿を見るのがうれしかった」 

 桑田はこのように回想した。保育園のお遊戯会では必ず、前面に出て歌を、ダンスをリードした。ちょっとおませな、出たがり屋の女の子だった。 

 商店街のある市街地へは遠賀川に架かる日の出橋を渡った。 

 2015年に発売されたアルバム「わたしの歩むみち」の中に「遠賀の風」という作品がある。 

 <菜の花が一面に咲いてる 揺れてる 遠賀の川のせせらぎに心を預け> 

 <見慣れた故郷の見慣れた景色 私の夢を育んだ 筑豊の風(におい)> 

 <瞼(まぶた)閉じれば いつでも 嗚呼(ああ) 日の出橋に 立てる> 

 歌詞にあるように直方は「私の夢を育んだ」故郷だった。 

   ×    × 

 桑田は地元の数々ののど自慢大会で優勝する、歌の上手な少女だった。 

 小学5年生になると直方市から福岡市の平尾昌晃音楽教室にも通った。6年生のときに地元ラジオ局主催の「福岡音楽祭」に出場し、グランプリに輝き、注目を浴びた。直方第二中の2年生になる前に上京、大手音楽事務所「サンミュージック」に所属した。13歳だった。 

 1983年、15歳でシングルデビューした。曲は「脱・プラトニック」。作詞は売野雅勇、作曲は芹澤廣明。中森明菜の「少女A」のコンビだ。 

 <愛し方は憶えたけど 愛され方は忘れそうな 16歳 春をまたひとつ見送ります>

 「周りからも言われましたが、大変難しい曲で、歌いこなすのに精いっぱいでした。まったく余裕がありませんでした」

 桑田ゆえに、歌うことができたともいえる。この曲はオリコン50位までランクアップし、メガロポリス歌謡祭で優秀新人エメラルド賞を受賞した。

  =敬称略 

  (田代俊一郎)

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