相模原事件判決 共生社会への決意新たに

西日本新聞 オピニオン面

 私たちの社会の礎であったはずの倫理や価値観といったものが暗い穴に吸い込まれていく。そんな陰鬱(いんうつ)な印象を与えた裁判が一つの結論を出した。

 2016年7月、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件の裁判員裁判で、横浜地裁はきのう、殺人罪などに問われた元職員、植松聖(さとし)被告に死刑判決を言い渡した。

 被告は「意思疎通ができない重度障害者はいらない」との主張を変えなかった。重度障害者を「心失者」と呼び、人権もなければ、生産能力もない、社会や家族の重荷と見なして、その殺害を正当化した。

 かけがえのない人を奪われ、傷つけられた上、独善的な主張を聞く他なかった被害者や家族の心中は察するに余りある。

 被告は大学に入り、大麻などに手を出すようになった。園の仕事に就き、やがて重度障害者を「安楽死させた方がいい」と語るようになった。いったんは福祉の道を選んだ青年がなぜ、ゆがんだ考えに染まり、凶行に及んだのか。判決は、被告の差別的主張と園での勤務経験の関連を指摘したが、疑問が解きほぐされたとは到底言えまい。

 被告は多くの友人らに犯行をほのめかしていた。園の襲撃を予告する手紙を衆院議長公邸に持参し、措置入院にもなった。犯行をどこかで防ぐことはできなかったのか。さらに検証すべき課題は残されたままだ。

 ▼社会に潜む優生思想

 被告の「重度障害者はいらない」という主張は常軌を逸している。だが、社会と無縁に芽生えた想念とは言い切れない。

 それは、殺害された19人を含む犠牲者の大半が、公判で「甲Eさん」といった匿名で呼ばれた事実に象徴されるだろう。匿名を望んだ遺族は「この国は優生思想的な風潮が根強い」と語った。障害者を排除し、差別してしまう感情が依然、社会の底流にあると認めざるを得まい。

 旧優生保護法の下、国の統計では約2万5千人の知的障害者らが不妊手術を施された。深刻な人権侵害は長く看過され、救済法が成立したのはようやく昨年の春のことだった。

 少子高齢化や経済の低迷で、将来展望が描きにくい時代だ。閉塞(へいそく)感や不満は時に、少数者の排除や不寛容に転じる。社会から余裕が失われ、「できる・できない」で人の価値を測る能力主義や成果主義、過度な自己責任論が広がっている。こうした世相も、やまゆり園の事件と通底しているのではないか。

 私たちは事件を風化させず、考え続ける必要がある。

 ▼人は絆の中で生きる

 この事件の「なぜ」に向き合い続ける人に、被告と面会や手紙のやりとりを重ねた和光大名誉教授の最首(さいしゅ)悟さんがいる。

 人は誰も一人では生きていない。人と人との絆の中で頼り、頼られながら生きる-。その関係を「二者性」と呼んで、共に生きることの大切さを訴える社会学者である。重度の知的障害がある三女との40年を超える生活を通して共生の思想を紡ぎ、長年にわたって水俣病問題とも深く関わってきた。

 「いのちには無量の価値がある」という最首さんの理念は、胎児性水俣病で重度障害のある子を、「宝子」と呼ぶ水俣の母親の思いとも重なるだろう。

 水俣に生涯をささげた原田正純医師(故人)は「宝子」という言葉に触れ、「生きる価値のない命などあろうはずがない」と断言した。当たり前の言葉が今、ひときわ重く響く。

 今回の事件で「(共生は)やっぱり無理となってほしい」と被告は語った。ならば、私たちは共生社会に向けて着実に歩んでみせるまでだ。耳に心地よい「共生」という言葉を唱えるだけでなく、社会を変え、心の中の壁も壊し実現してみせよう。その覚悟を広く共有したい。

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