平野啓一郎 「本心」 連載第188回 第八章 新しい友達

西日本新聞 文化面

 それとも、イフィーと特別な関係を築いたことで、彼女に憧れられていると感じたのだろうか。或(ある)いは、経済的に優位に立つことで、彼女に対して、滑稽な支配欲に駆られたのか。……

 いずれにせよ、僕はあれほど警戒されていた彼女への好意を、この日ほど強く自分の中に感じたことはなかった。もう少しで、自分の胸を占める奇妙な苦しみを、彼女への愛のせいだと思い做(な)してしまいそうだった。

 

 イフィーの専属となる代わりに、現在、登録している会社との契約を解除するのは、大きなリスクがあった。それに、コンビニ動画の拡散以後、僕に仕事を依頼したいという人は、列を成して待っていて、そのすべてを断ってしまうのは残念だったし、申し訳なかった。

 本当に、イフィーが僕を一年間も雇ってくれるのかはわからなかったし、そのために、いつもその顔色を窺(うかが)っていなければならないというのも、疲弊するだろう。

 一年で終わりとなれば、僕はまた、別の働き口を探さなければならない。しかし、もしそうなれば、何か新しいことを始めるだろう。リアル・アバターの仕事は、イフィーでもう、最後にしたかった。

 僕は、自分の人生を変えたいという気持ちを、日に日に強くしていた。リアル・アバターを辞めても、今度は古紙回収とは違った仕事を得られるはずだと、根拠もなく考えた。それは、あの動画の反響だけでなく、イフィーという存在から受けた刺激のせいでもあった。

 僕は、彼の生活に憧れたし、その実際的で、前向きなものの考え方にも心惹(こころひ)かれた。彼は、高校時代に、職員室前で、あの座り込みを始めた「英雄的な少年」に、少し似ていないわけでもなかったが、決定的に違ったのは、イフィーが孤独だということだった。そう言えば、僕たちには共通点があった。どちらも、高校を途中で止(や)めているということで、僕がその経緯を話すと、彼は目を輝かせて、

「朔也(さくや)さんは、本当に自分の損得とか関係なしに、正しいことのために行動する人なんですね!」

 と僕に対する尊敬の念を一層強くした。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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